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第10話
あれから、どれくらいの月日が経っただろう……。
「くびを咬んでいいですか?」
うなじを舐めながら、相も変わらず夢川は求愛し続けている。
このセリフも、もう何度目になるかわからない。
あの発情期の交わりで、秘書の腹には命が宿った。
番として認めてくれなかった彼も、結婚には承諾してくれた。
子供も生まれて、もう一度「番になってほしい」と願った。
だが、……またしても断られた。
「あんたは惚れっぽいので信用なりません」
――自分の番はしっかり者で、なおかつ手厳しい。
友人である元会長に愚痴ると、彼は笑って云った。
「そりゃ、おまえの手綱を任せてもいいと俺が唯一思った奴だからなぁ。一筋縄ではいかないだろうよ」
「まるで彼のことを自分の手柄のように言わないでください。不愉快です」
「……とんだ焼きもちやきだ」
この友人は頼りになるが、同時にとても鼻持ちならないヤツでもある。
……いつかその余裕そうに笑う友人をギャフンと云わせてやれたらさぞ爽快だろうとついいらぬ野心を抱きそうになった。愛する彼に「返り討ちに合うだけだからやめた方がいいですよ」と諭されなければ罠の一つでも仕掛けていたかもしれない。
「咬んじゃダメですよ」
彼は二人目の子供をあやしながら、めっとこちらを睨んで牽制する。
窓の外は、いつかのように雪景色が広がっていた。
夢のようなきらめきはなかったけれど、彼と子供のいる風景に心は和 らいだ。
そこには夢見たよりも現実的で、遙かに幸せな情景があった。
オアズケをされた犬のように、――待てというのなら、いつまででも待とう。
そのうなじにいつか牙を突き立てる日を夢見て、物欲しげに彼の首筋を舐める日々も悪くないと思うから……。
END
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