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彼女 ①

 ブルブルっと制服のポケットに入れっぱなしになっていた携帯が震えた。教員の目を盗んで携帯をチェックすると。 『今日、会わへん?』  彼女の中村由美からだった。 『ええよ』  手短に返す。斜め前の離れた席に座る由美に視線を向ける。由美が携帯をちらっと見たのが分かった。振り返ってニコリと笑う。俺も軽く笑い返した。  由美とは、3年になって同じクラスになってから付き合い始めた。なかなかの美人だと校内でも評判になっていたので存在は知っていた。色んなやつから告白を受けていることも。年上の彼氏がいると噂になっていたが、どうやら2年の終わりには別れたらしかった。そして、3年になってしばらくして由美に告白された。 『ねえ、津田くんって彼女おるん?』  ほとんど喋ったこともなかったのに突然話しかけられた。昼休み、哲夫から奪い取った焼きそばパンにかぶり付いていた時だった。世界の中心なんて洒落た感じとはほど遠い、弁当を食い散らかした机に肩肘突いてだらだらしていた教室の片隅で。 『……おらんけど……』  俺はくそ真面目に答えた。 『そうなん? なら、付き合わへん?』 『は?』  俺が変な声を上げると同時に、隣にいた哲夫が驚いて飲んでいた牛乳パックを落としそうになった。傾いた牛乳パックから牛乳が零れ出る。 『ちょお、飯塚くん。めっちゃ零れてるで、牛乳』  由美が冷静に哲夫の手元を見て指摘した。俺は、そのハプニングにも告白にも動じない由美に好感を持った。由美がじっと俺を見る。 『で?』 『……ええよ』  そう答えると、ニコリと笑って、じゃあ、よろしく、と一言答えて自分のグループへと帰っていった。その時、クラス中がこちらに注目していることに気づいた。  うわっ、なんやなんや。俺、めっちゃ見られてるやんっ。  と思うと同時に、これは結構なことなんちゃうか?と自覚した。なんせ、学校で1、2を争う美人に告られたのだから。  ふと、遠巻きに見ていた集団の中に、亜貴がいるのを見つけた。驚いたような顔をして立っていた。が、俺と目が合うと、すぐに笑顔になって近付いてきた。椅子を寄せて、持っていた弁当を散らかっている机の上にスペースを見つけて置いた。別のクラスになっても亜貴とはずっと昼は一緒に食べていた。 『洋介、凄いやん。中村さんと付き合うん?』 『まあ……』 『めっちゃ、美人やもんなぁ』 『まあ……』 『なんで……お前?』  哲夫が信じられへん、という顔で聞いてきた。 『知るか』 『……羨ましすぎる……』 『哲夫はおらへんの? いい人』 『いい関係になりたい子ぉはめっちゃおんねんけどなぁ。やけど、俺の容姿が俺の欲望に付いてこうへんねん』 『哲夫、いいやつなのになぁ』 『そんなん言うてくれるん、亜貴だけや。俺、こうなったら男でもええ。亜貴でもええ』 『ごめん。俺、彼女おるから』 『そうやねんな~! あーあ、俺だけやん、1人なん!』  なげく哲夫を亜貴と2人で慰める(というか慰めているのは亜貴だけやけど)。ちらっと亜貴を盗み見る。特にいつもと変わりない。  そう、別に。亜貴に遠慮することなんてないのだ。亜貴やって彼女がおるんやし。あの、亜貴に負けず劣らず背の小さい、亜貴と同じ園芸部の可愛らしい彼女。由美は美人系だが、亜貴の彼女も可愛い系のなかなか人気のある子だった。  自分の気持ちを抑えようがなんだろうが。誰にも気づかれなければ、誰も傷つけない。  俺は携帯に再び目を落とすと、いつもはお互いに用事がなければ一緒に帰る亜貴に、今日は由美と帰るとメールした。すぐに了解、と短く返事が届いた。

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