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終章

「ホンと一緒にーー?」  思わず横目でフェイロンを見ると、特に驚いた様子はない。すでに知っていたようだ。 「グアンって人からホンがしでかした事も聞いたけど、アオちゃんが許してくれるなら国外追放って事で、俺が預かるんでいいかな?」 「そんな!勿論許すに決まってるよ。あれはホンのせいじゃないのに。国外追放なんて!」  どちらかと言えば、クロを追い詰めた青龍のせいなのだ。葵が声を上げると隣にいたフェイロンがやんわりと言った。 「俺が頼んだのだ。朱雀殿が旅に出ると聞いたのでな、無理を承知でお願いした。俺の立場上ホンを罰さないわけにはいかぬーー玄武に操られていたとはいえ、ホンが王位略奪を企てた事に変わりはない」 「そんな……」  葵は非難めいた事を言いそうになったが、フェイロンの眉間の皺を見て押し黙った。幼い頃から親しくしていたホンを、王として罰さなければいけないのだ。フェイロンが一番辛いに決まっている。 「大丈夫だよ。俺が責任持って預かるから。ホンがアオちゃんに執着しちゃったのは、俺もちょっと責任感じてるしね。アイツ、俺が魂分けてる人間だから」 「え……?」  葵は穴が開くほど千尋を見つめてしまった。 「やっぱり気付いてなかった?アオちゃんの法力が弱くなってるせいかな?なんでだろうね。まあ、そんなわけで俺の魂分けた人間はいっつもアオちゃんの事好きになっちゃうんだよな~。いつもは俺がずっと目を光らせておくんだけど、今回はイレギュラーだったから監督不行届でごめんね! 許さなくていいし、俺も許さないからさ!!責任もって虐めておくからね」 「えーと……?」  予想外の事態に葵は驚きを隠せない。ということは? 「千尋の運命の番が、ホンって事ーー?」 「うわ、マジでやめて。俺の場合ちょっとだけ魂分けてやっただけだし。正直、今世では番は作らなくてもいいと思ってるもん」 「え、そうなのか?」 「幸い俺にはこの翼があるからさ。あっちの世界で抑制剤も簡単に入手出来るし。発情期とか、もういらないんだけどなーーって、あれ?」  千尋が小首を傾げて言った。 「もしかして、アオちゃんの法力が弱くなったのって、発情期を止めてた煎じ薬のせいなんじゃない?」 「えーー?」 「だって、その煎じ薬ってすっごく危ない生薬がいっぱい入ってて、寿命が縮むような薬だったのにアオちゃんは副作用もなくてピンピンしてたんでしょ?それって、寿命じゃなくて法力の方が削られていたんじゃないかな?」  確かにーー葵が長期間飲んでいた煎じ薬の中身は、通常何年も飲むと失明さえも引き起こしかねない危険なものだ。だが、葵は特に副作用を感じることもなく平然と日常生活を送ることが出来ていた。単純にそういう体質なのかとも思っていたがーー。  祖父は昔の文献から発情期を止める処方を見つけていたようだが、もしかしたら過去にも青龍をこの世界に行かせたくないという人物がいて、青龍ならこの煎じ薬に耐えられると分かって作られた処方なのかもしれない。そう気付くのと同時に、葵は懐かしい祖父の面影を思い出し、一時の郷愁が胸をかすめる。 「まあ、良かったじゃない。力が強すぎると前回の転生の時みたいに赤ちゃんに負担がかかっちゃうからさ。白虎じゃないけど、今世では好きなだけ産めるね。父親がそこのすっとぼけ変態王なのは気にくわないけど」 「俺を変態と罵っていいのは葵だけだ」 「……そういうところなんですけど」  フェイロンと千尋がワイワイ言い合っているのを、仲良しになったな、と微笑ましく思いながら葵は自分の腹部に手を当てる。 (俺、フェイロンとの子供を産めるんだーー)  意図したものではないとはいえ、祖父からの贈り物を貰ったような気分になり、胸がじんわりと熱くなった。 「もう、いるね、そこに」  いつの間にか顔を寄せていた千尋が耳元で囁いた。 「……うんーー」  葵が照れながら嬉しそうに答えるのを、フェイロンは見逃さない。 「おい、待て。今葵になんと言ったのだ?何故葵はこんなに可愛い顔をしているのだ!?」 「はー、うるさいうるさい。アオちゃんに可愛い顔をさせられるのは、王様だけじゃないんですよ~。もう、この人面倒くさいから、行くね。ホンも大分待たせてるし」  そう言うと千尋は、そのまま客室にある大きな円形の窓をくぐって露台に出る。素早く朱雀の姿に変化すると、翼を大きく広げた。葵達も慌てて露台に出る。 「アオちゃん、大好きだよ。幸せにね」 「千尋! 俺も! 俺も大好きだ!!待ってるから!!いつでも帰っておいで!!」  翼をはためかせ、宮殿の上を一度旋回した千尋は、そのまま遠くの空へ吸い込まれるように飛び立っていった。 「見てみろ、葵」  フェイロンが指さす方を見てみれば、千尋が吸い込まれていった空には、虹色に輝く鮮やかな雲が広がっている。 「彩雲だな。吉兆だ。これからいい事しか起きぬぞ。朱雀殿も、勿論俺達もだ」  フェイロンが葵を元気づけようとして言ってくれているのが分かった。フェイロンだって、ホンがいなくなって寂しい思いをしているのに違いないのにーー。  フェイロンの優しさが胸を打つ。好きだな。と改めて思った。  元の世界で求めてやまなかった愛し愛される人ーーこれが夢なら二度と覚めたくない。  (本当に夢だったらどうしよう)  急に元の世界にいた時の孤独だった感覚を思い起こし、思わずフェイロンの手を握る。 「ん?どうした?」  フェイロンが蕩けるような笑顔で、こちらを向く。  力強く握り返された手は確かに温かく、握っていればお互いの体温が溶け合っていくのが分かる。  ひたすら求めるだけが愛ではないという事を、葵に教えてくれた人は確かにここにいるーー。  ほのかに漂う紫龍草に似た優しい香りを胸いっぱいに吸いながら、葵の心は愛しさで満ちていく。  この愛しい人と作り上げていく未来は、あの美しい空のようにさぞかし希望満ちたものになるだろう。 「……あのね、実は、俺のお腹にーー」  愛する人と温もりを分け合い、幸せを呼ぶ新たな温もりを身体の中に感じながら、葵は内緒話をするために、そっとフェイロンに顔を寄せた。 fin  

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