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君がいないと(終)

全力疾走のまま飛び込んだその店は、入口のすぐ近くにレジがある そこに駆け寄ると1ヶ月前にもいた男の店員が、俺を見てあっと驚いたように眉を上げた。 「こないだの……」 「ハァ…っ、あのさ……っ」 「ちょうど良かった!瀬野晶さんを探してましたよね?」 「!!」 乱れた呼吸もそのままに詰め寄れば、店員が少し声を抑えて続ける 「先ほどこちらに来られたんです。今後取引先としてお世話になるから挨拶に、と。以前ここで働いていたと仰っていて、お名前も聞き覚えがあったので」 「ど、どこにいる?奥?」 「あ、それが挨拶だけだからとすぐに帰られまして……」 遅かったーーー? 叩きつけたい拳を精一杯握って抑えていたら、不意にその店員が指をさした。 「バイトをしていた頃はよく隣のカフェに行ったんだと懐かしそうに話していたので、もしかしたらまだいるかもーーー」 その言葉と同時に走り出す それは本屋の隣にあるセルフカフェで、当時と作りは変わっていない 先にオーダーして席に着くシステムだけれど、構わずにカフェに飛び込み奥まで突き進んで行けば 1番奥の、2人席 あの頃と変わらないその景色に、ずっと探していた姿を見つけた。 「あき、ら……」 掠れた声で呟くと、持っていた本から顔を上げた晶 目が合った瞬間、息が止まるかと思った。 「……蓮」 聞き慣れた呼び声 甘く鼻にかかるその声 ずっと、探していた人 その綺麗な瞳も 白い肌も 厚めの唇も 全部全部、1ヶ月前と同じ 晶だ 晶がいた 見つけた やっと逢えた 久しぶりだ 晶ーーー 頭が真っ白になって、なにも言えないまま立ち竦んでしまう そんな俺に、晶がふと笑いかけた。 それは、いつもの笑顔じゃなくて “あの日”と……同じ。 その笑顔のまま口を開く晶 「れーーー」 「晶だ!久しぶりじゃん」 晶の言葉を遮って、俺は喋り出した。 自分でも驚くほど普通な声で、普通な口調で。 「こんなとこで会うなんて、ビックリだし」 笑いながら向かい側に座ると、本を閉じた晶が眉を下げて頷いた。 「ほんと、久しぶりだな……」 答える穏やかな声に、胸が締め付けられる 震える手をグッと握って晶を見やれば、待っていたのは薄い微笑み 違う そんなんじゃなくて 「オーダーしてないのか?ここのカフェオレは好きだっただろ」 あぁ、俺がコーヒー苦手なことも、ここのカフェオレなら飲めることも覚えてくれているんだ そんな何気ない言葉のひとつひとつに、胸が締め付けられる 「晶……」 「ん?」 「……今、どこにいるの?」 本当は、もっと言いたいことがあるんだけど。 なんか全然言葉にならない とりあえず言葉を続けた俺に、晶が少し目を逸らして笑った。 「今は実家。ここからそんなに遠くないんだ。実家の場所言ったことなかったよな?」 「うん。何も」 だから、苦労したんだけど…… それを素直に伝えることもできなくて 「朝起きたら急にいないし、アテもないし」 かなり驚いたし。 なんて、軽い口調で笑う自分に腹が立つ 違うだろ…… なにやってんだよ俺ーーー 「ふふ、ごめんな」 どこか悲しげに笑う晶 焦る心と裏腹に、俺の口元は笑みを浮かべていて 「職場も辞めてるしさ」 俺、晶を探してたんだよ。必死で。 伝わっているのかいないのか 晶は曖昧に頷くだけだった。 一瞬の沈黙すら耐えられなくて、また口を開く 「……いつまで、実家にいる気?」 帰ってこいよ その一言が、なんで言えないんだろう 自分自身に失望しながら顔を上げたら、晶は無表情でコーヒーを一口飲んでいた。 そのままふと視線を上げて 「新しい家決めたらすぐ出るつもり」 改めて、実感する 晶の中で、俺という存在は死んだんだ 目の前が真っ暗になって、頭が真っ白になった。 俺、まだどこかで思ってたんだ 迎えに行けば、晶は必ず帰ってくるって…… 笑顔で、戻ってくるって…… 「……新しい相手でもできた?」 自分でも何言ってるのかわからない ただ気付いたら、笑いながらそんなことを口走っていた。 「ってか番号教えてよ。勝手に消したでしょ」 笑って携帯を取り出す俺の前で、晶は少し眉を寄せ口を開いた。 「蓮……少し痩せた?」 ……俺の言葉は完全無視かよ 連続でもう一度言うに言えず、俺は携帯を弄びながらとりあえず晶の言葉に頷いた。 「あ〜まぁ、痩せたかも?わかんないけど」 体重なんて計ってないし でも、なんとなく痩せたのはわかる 周りからも言われる それは全部ーーー晶のせいでしょ…… 「ちゃんと食べなきゃ、駄目だよ」 「腹減らないんだもん」 「それでも食べなきゃ駄目」 だから、晶のメシ以外食いたくないんだって…… 「晶こそ、痩せたでしょ」 肩幅や筋肉はあるけれど、元々痩せ型だった晶 ダボっとした服を着ているからパッと見わからないけど、絶対痩せた。 「……バレた?」 そう呟いて肩を竦め、そのまま晶らしい無邪気な笑みを浮かべるから…… ギュッと 思わず、テーブル越しに手首を握った。 1ヶ月前より確実に細くなっているけれど その体温や質感が、とにかくーーー晶だった。 どうしようもなく愛しくなってそのまま強く引き寄せようとしたら、晶が思い切り手を振り払った。 「あ、えっと……俺そろそろ行かないと」 取り繕うように明るい声を出して、本を鞄にしまう晶 その間俺は、身動きひとつできなかった。 もしかしたら、息さえ止まってたんじゃないかな ただ、払われた指先が、痛くて 「蓮」  気付いたら、隣に晶が立っていた。 手を伸ばせば届く距離 なのに、身体が動かない 顔だけ向けて見やると、晶は微笑んでいた。 「今日はびっくりしたけど……会えてよかった。元気そうで、安心した」 元気そう? そう、見えた? 「俺も大丈夫だから、気にするなよ」 気にするとかしないとか、そんなんじゃなくて 俺が、大丈夫じゃないんだよ 「ご飯は、ちゃんと食べて」 どうしてそうやって、俺の心配ばかりするの 「じゃあ、元気でな」 そのまま足早に出て行く背中 引き止めることは、できなかった。 あぁもう ほんとに駄目なんだ どうしようもないんだ もう二度と 触れ合えない 笑い合えない 愛し合うことなんて、できない でも、忘れることもできないよ だって、俺は愛してるから 晶がもう二度と、俺を愛せなくても 「何してんだよ……俺」 何しに来たんだ なんのために探し出したんだ まだ何もしてない 何も、伝えてない 晶ーーー ガタンッッ 激しい音をたてて立ち上がり、俺は震える脚を殴ってから勢いよく走り出した。 外に飛び出して左右を見回すと、かなり遠くに見つけた背中 どれだけ離れていたって、見つけ出せる 俺の目には、晶しか映らないんだよ 全力で追いかけて、少しづつ近付く背中に手を伸ばす 愛しい 恋しい 一度は自ら手放してしまった そして、さっきは引き止めることもできなかった、その背中 でも、もう繰り返さない 捕まえるーーーこの手で! あと5メートル 3メートル 1メートル 足音に気付いて振り返ろうとした晶を近くの路地に引っ張り込み、背中から強く強く抱き締めた。 突然のことに驚いたんだろう、息を呑んで身を強張らせる晶 その身体を包み込んで、回した両手でしっかりと抱き締める 離したくない もう二度と。 「れ…ん……?」 呆然と呟かれた震える声に、頭は真っ白になって なにを言えばいいかわからなくて 伝えたいことはたくさんあるけど たくさんありすぎて あぁもう 「……ぃから…っ」 なにもまとまらないまま、俺は言葉を紡いだ。 「番号教えてくれなくてもいいから」 「蓮……」 「他に好きな奴がいても」 「……な、に」 「俺を許せなくても、好きじゃなくても、嫌いでも」 「……」 「なんでもいいから、そばにいて」 情けないくらい、震えた声で すがるように抱き締めたまま 心から、想いを伝える 「いつでも……いつまでも、俺の隣にいて」 駄目なんだよ 晶がいなきゃ 晶じゃなきゃーーー 「な、に言って……」 震える声に笑いが混じって 「冗談……?賭けでも、してるのか……?」 もう俺で遊ぶなよーーー 呟かれた言葉から、晶の心の傷を知る 信じてもらえないのは、当然なわけで。 離れようともがく晶を引き止める権利なんて、あるはずもなくて。 でも 「無理……ほんと、無理。戻ってきて、もう一度」 「蓮、離せ……っ」 「っ、もう一度だけ……二度と、裏切らないから」 「駄目だよ……また、繰り返すだけだ」 通じない 伝わらない どうしようもない 晶から出る拒絶の言葉が、痛い 「……っ」 言うべき言葉が見当たらなくて、唇を噛み締める この手を放せば、もう二度と触れることはない 晶がいない未来なんて 晶がいない世界なんて あぁ 俺、ほんとにーーー 「愛してる」 自分でも聞き取れないほど、小さな声 短い言葉 ありふれた言葉 でも、この感情を表せるのはこれしかなくて。 「愛してるんだ……晶」  俺にこの感情を与えたのは、晶でしょ? なんとかしてよ 苦しいんだ 痛いんだ どうしようもなく 愛しいんだーーー もがくのをやめた晶を、更に強く抱き締めて 首筋に顔を埋めれば晶の香りに包まれる 目を瞑れば頬を冷たい何かが伝って、綺麗な首筋にそのまま滴った。 「蓮……泣いてるのか?」 呆然とした晶の声で、初めて気付く 俺、泣いてる……? 気付いた途端さらに溢れ出した感情は、涙へと形を変えて晶の首筋を濡らしていく 染み込むようにと 離れぬようにと。 「……っ」 「……」 何も言えない俺と何も言わない晶 冷たい静寂の中で 押し殺した俺の泣き声だけが、響く 格好悪いなんて考える余裕もないよ もう、ほんとにヤバいーーー 「……俺さ」 ずっと黙っていた晶が、ようやく口を開いた。 「蓮が大好きだった……」 小さな小さな呟き そんなの、知ってる 伝わってたよ……晶の気持ち いつだって、俺を好きでいてくれたこと 「本当に、大好きだった……」 繰り返される『好き』という言葉 でもそれよりも気になるのは 過去形だって、こと。 晶が俺を『過去』にしたなんて、わかってたつもりだった。 でも、晶の口から直接聞くと 息が止まりそうなくらい 胸が、痛くて。 「好きだよ……っ、晶……愛してる……」 「蓮……」 困ったような晶の声も無視して、ただひたすら強く抱き締める バカみたいに繰り返す言葉は どこまでも真っ直ぐな心の声 少しでも届くだろうか 「無理……晶がいなきゃ、生きてけない……っ」 昔、晶に同じことを言われた時 大袈裟だなって呆れて、2人で笑ったよね でも、今はわかる 「本当に、愛してるんだ……」 だから、戻ってきて あの部屋に 俺の隣に もう二度と離さないから ずっと、愛し続けるからーーー 零れ続ける涙を拭いもせずに、俺は言い続けた。 言葉で伝えきれない想いは 抱き締める腕に込めて。 痛いくらいの沈黙に、ただ過ぎていく時間 それを破ったのは ポタッ…ポタッ…… 突然腕に感じた、冷たい感触 徐々に間隔を縮めて滴る、それは 晶の、涙ーーー 「晶……?」 「俺……頑張ったんだよ。この1ヶ月頑張って、蓮がいなくても笑えるようになったんだよ……」 ギュッと痛む心臓 不安に震える手を強く握り締めて、言葉を待つ そんな俺の腕に触れたのは、温かくて優しくて ずっと求めていたーーー晶の、手のひら 「泣いて、泣いて、涙なんか枯らしたはずなのに……また出てきた」 ふふ……と笑いながら呟く晶 その瞳から零れ落ちる涙が、俺の腕を濡らして そのまま、添えている晶の指先へと伝っていく 「……なんで今さら、そんなこと言うんだよ」 そう呟くと、晶は完全に泣き出した。 身体を震わせて 嗚咽を漏らして 今にも壊れてしまいそう こんなことになるなら、伝えないほうがよかったのかも あのまま、二度と会わないほうがよかったのかも 苦しめたいわけじゃないんだ それでも『さよなら』が言えなくて、立ち竦んだままの俺 情けないくらい、諦められなくて この手を離したら、すべてが壊れてしまいそうで ただ抱き締めることしかできない俺の腕の中で、晶が呟いた。 「そんなこと言われたら……っ、また……笑えなくなる……」 「晶……」 「蓮がいないと、笑えなくなる……」 思わず息を呑んで手を緩めたら、俯いていた晶がゆっくりと顔を上げた。 そのまま腕の中で振り向いて、見つめてきた愛しい泣き顔 伸ばされた手が俺の頬に触れて、涙を拭うように包まれる 「晶……?」 震える手で手首を握ると、晶が唇を噛み締めて 頬に触れていた手に力がこもった。 「また、蓮がいなきゃ……生きて、いけなくなる……っ」 「晶……!」 しゃくりあげながらも必死に言葉を紡ぐ晶 その震える身体を抱き締めると、背中に回された腕がギュッと抱き締め返してくれた。 「晶……愛してる」 「ふふ、ずるいなぁ……ほんと」 泣き笑う唇をなぞればそっと指先に口付けられて、そのまま互いの存在を確かめるように何度も何度もキスをする 抱き締め合って 口付け合って 満たされる心から溢れた喜びが、涙に変わってお互いを伝う 「笑って……蓮」 震える声で囁かれた言葉に微笑むと、晶も泣きながら笑った。 それは、眩しいほどに輝いて すべてを照らしてくれる幸せな光 もう二度と失わぬように ずっとずっと、抱き締めておこう 永遠に この腕の中でーーー……end ※本編終了です!読んで頂きありがとうございました^ ^ その後のお話を2話ほど追加しますので、もう少しだけお付き合いよろしくお願い致します!

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