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3つ数えろ -count 3

「3 three」  高校2年生の僕にとって、肝心なことは恋とか愛とか。3組の美人で派手で髪の長い佐藤さんとか、4組のショートでボーイッシュだけど料理上手の鈴木さんとか、かわいい子はいっぱいいるけど、どうせ僕には縁がない。  僕は背が低いし、眼鏡かけてるし、頭も普通ぐらいだし、友達も少ないし。でも、好きなことは2つあって、そのうちの1つが地下アイドル。学校の女の子には相手をしてもらえないけれど、地下アイドルならチェキ一枚分、話をしてもらえるし、相手をしてもらえるし。  その日、僕は楽しみにしていたアイドルの握手会に行けなくなって落ち込んでいた、というか、怒っていた。一緒に行くはずだった数少ない友達が他の予定を入れたのだ。一人で行くほどの勇気はなくて、僕は友達の裏切り(オーバーだ)と自分のふがいなさにイライラしていたのだが、イライラが募って人気のない旧校舎の廊下を走っていた。  走っていた僕は大きな壁のようなものにぶつかって弾き飛ばされた。壁にぶつかった、恥ずかしい、何してるんだ、と顔を上げると、壁よりも怖いものが僕の目に映った。壁にぶつかれば良かった、そうだったら笑われるだけで済んだのに。でも、ぶつかったのは壁ではなく、うちの高校の不良、数は少ないけどホンモノの不良の人、だった。 「2 two」  俺の友達は、いわゆる不良と呼ばれる奴が多い。ピアスが耳やら鼻やらに複数ついていて、髪の色も黒色の奴はいない。良い奴なんだが、喧嘩ばっかりしてる奴とか、女にだらしない奴とか、そんな奴ばかりだ。そんな奴が付き合っている彼女も髪が金色だったりピンク色だったりで、一般生徒に距離を取られても仕方ない。  俺自身は髪を染めてない。俺の髪は、ストレートでサラサラだ。眼鏡だって普通の黒縁だ。ただ、背が高くてゴツイ体躯で目つきが悪いから、どうしても遠慮されがちになる。でも、俺の、見た目も素行もよろしいとは言えない友達は、そんな俺と仲良くしてくれる、良い奴ばかりだ。  旧校舎の廊下を歩いていた時、その時俺は偶然一人だったんだが、下を向いて一心不乱に走ってる奴がいて、でも俺は絶対避けない、相手が見るからにヤバい奴なら避けるかもしれないが、この学校に俺が避けなくてはならないような奴はいない。そうなると、必然的に走っている奴は俺にぶつかることになった。そいつは一心不乱に走ってたらしく、ぶつかった勢いで俺は少し後ろにのけぞったぐらいだったのだが、そいつは弾けるように後ろにふっ飛んで、壁にぶつかった。  大丈夫か、と俺がそいつの顔を覗き込んだ時、少女漫画か一昔前のトレンディドラマのような出来事が起こった。そいつの顔に近づいた時、そいつから良い匂いがして、俺は妙にドキドキしてしまった。そいつが「痛っ」と言いながら、顔を上げて俺の方を見た時、そいつの目が意外にも大きくて二重できれいだったから、思わず、ハッと息をのんで、それ以上声が出なかった。しかし、そいつは俺の顔を見て、大変まずい奴にぶつかってしまったという恐怖で、顔がひきつっていた。  俺がもう一度、今度は上ずった声で「大丈夫か。」と言うと、そいつは、「す、すみません。」と言って走り去ろうとしたのだろうが、壁にぶつかった時に足をくじいたらしく、走れない。そいつの顔が真っ青で、俺は少し心配になって、そいつに近寄って手を出したら、そいつは「ごめんなさい」と言って両手で頭を覆って身構えてしまった。  俺は普段の素行をこれほど後悔したことはない。俺がもっとフレンドリーな感じの、もっと優しそうな感じの人間であれば、こいつは走って謝りながら逃げる必要はないし、こんな風に身構えることもなかったんだろうな。俺は「なんもしねぇよ」と小さな声で言い、そいつの手を取って背中に担いでやった。そいつは逃げたかったんだろうけど、腰を抜かして立ち上がることもできなかったようだった。  俺はそいつを保健室の前で下ろして、 「俺と関わるの嫌だろう。」 そう言って、俺はそいつを置いてその場から去った。 「1 one」 ―「僕」  不良の人は、腰を抜かした僕をおんぶして保健室まで連れて行ってくれた。そして、「俺と関わるのは嫌だろう。」と言って、去ってしまった。怖かったけど、ぶつかったのは僕の方なのに、担いでくれて、何も言わずに去るなんて、かっこいい。  僕は不良の人の顔を思い出そうとした。きれいな顔だった。端正な顔立ちというのは、ああいうのを言うんだ。目が切れ長で、端の方だけ二重で、まつげが長くて、髪はサラサラで、耳に小さなピアスが光っていた。ピアス、そうだピアス!最初にぶつかった時はキラキラ光ってたのに、不良の人が去る時にはキラキラしてなかった、つまり耳にピアスはなかった。  僕は保健室から出て旧校舎の廊下に行ってみた。まわりを探してたら、光るものがあった。これだ、と見てみると、やっぱりピアスで、留め金のところが割れていた。僕を担いだ時に、僕の手が当たって、壊れてしまったのかもしれない。僕は、謝らないといけない、返さないといけないと思い、不良の人を探した。でも、もう学校にはいなかった。僕は不良の人に、このピアスを元通りにして、お礼を言いたいと強く思った。  僕は不良の人のことを怖いとは思わなくなっていて、ただ彼に会いたかった。 ―「俺」  今日は良いことと悪いことがあった。  良いことは、良い匂いのする、目のくりくりした、例えるならリスみたいなカワイイ奴に、漫画かドラマみたいにぶつかったこと。悪いことは、ぶつかったからといって、少女漫画みたいに何かが始まるわけではなく、そいつは怖がって俺の顔を見ようともしないし、最後まで俺の方に顔を向けることすらしなかった。そのうえ、大事にしていたピアスを無くした。あれは安いように見えて意外に高くて、大事にしていたのに。  俺は、俺の友達とその彼女たちと、いつもの喫茶店でいつものように過ごしていたのだが、友達の彼女の一人に、「人とぶつかって、その子がリスみたいにかわいくて、でも俺、こんなだから怖がるだろ、どうしたらいいかな」というちょっと意味の分かりにくいことを言うと、髪が金色で化粧の派手な友達の彼女は 「はぁ?そんなん、その子が好きなもの持って行って、この前はゴメンネ、これ、良かったら、って渡せば。」と簡単に言った。そんなことでいいのか、そんなことで俺の方を見てくれるのか。  俺は藁にも縋る思いで、ぶつかったリスみたいなカワイイ奴の友達、って知らないから、クラス中の奴に聞いて、そいつの友達を見つけ出し、そいつの好きなものを聞き出した。そいつの友達は俺を見て怯え切っていたが、無事にそいつの好きなものは聞きだした。そして、サプライズするから絶対に言うなよ、というと、そいつの友達は、ちぎれそうなぐらい首をブンブン縦に振っていた。  よし、これでいい。 「バンッ BANG」  旧校舎の廊下に、俺に呼び出されて、「リスみたいにかわいい奴」は明らかに怯えていたのだが、以前よりは俺に対する態度がまろやかになったような気がする。なんかあったのか。 「この前ぶつかったから。」 と言って、俺は、そいつが好きだというアイドルのライブのチケットを渡した。そいつは、えっとか、わぁっとか、そういう、見るからに嬉しそうな顔をした。 「ありがとう。」 そいつはその時、初めて俺の方を向いた。やっと、俺を見てくれた。友達の化粧の派手な金髪の彼女の言葉は正しかった、と俺が感動していると、そいつは、 「あ、あの、ちょっと待って、ください。」 と言って、カバンに手を突っ込んで、ごそごそしていた。俺が気になって覗き込むように、そいつのカバンを見たら、 「待って、待って下さい。ちょっと、待って。え、っと、3秒ほど待って。」 そう言うのが漫画みたいで、ドラマみたいで、俺は嬉しくて、そいつはかわいくて、俺は目を閉じて3つ数えた。そいつは目を閉じる俺の手を取って、その手の中に 「これ、良かったら。」と俺の大事にしていた、あの日なくしたシルバーのピアスを置いた。 「留め金のところ、壊しちゃったから。直してみたんだけど、どうかな。実は、僕、彫金好きなんだ。」  3つ数えて、俺はハートを撃ち抜かれた。

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