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Lesson 1
僕の名前はモグ。
南半球の楽園、オーストラリアで生まれ育ったコアラ獣人だ。
この国には、獣人と人間が9:1の割合で共存している。
歴史の授業では、獣人と人間の間で繰り広げられたおぞましいあれこれを教えられるけれど、それはもう大昔の出来事。
終戦から数世紀を経た今、獣人と人間は、それぞれ野性的・理性的な本能とうまく付き合いながら支え、支え合い、生きていた。
そんな、ある日。
「モ、モモ、モモモモモモグさん!」
「ん……?」
欠伸を噛み殺しながら歩いていると、背後から切羽詰まった声が僕を呼んだ。
一瞬、また口うるさい秘書たちが「起きるのが遅い」だの「背筋を伸ばして歩け」だの「その格好はなんですか!」だの、ぐちぐちと言いつけにきたのかと思ったけれど、振り返った先にいたのは、黒いスーツをお手本のようにぴっちりと着込んだひとりの青年だった。
社長秘書を務めている人間の男――ヒジキだ。
「おはよ、ヒジキ」
「おはようございます!」
ちょうど腕一本分離れたところで止まり、ヒジキが深々とお辞儀する。
真っ黒な短髪がほんの少し、重力に引っ張られて下を向いた。
「もう、相変わらず固いなあ、ヒジキは」
その真面目さが父――社長のお目にかなったことは周知の事実だけれど、僕は漏れ出る苦笑を隠しきれない。
出会ってもうすぐ二年になるというのに、彼はいまだ挨拶のハグすら許してくれないのだ。
それでも、専務という年不相応な役職と、〝社長の次男〟という不必要な後ろ盾のせいでろくに友人のいない僕にとって、こうして彼が毎朝声をかけてくれることはとても嬉しかった。
「あ、あの、モ、モグさん」
「ん?」
「……」
「あ、もしかして明日の会議のこと? ごめん、遅れてはいるけど今日中には資料送るから」
「い、いえ、そ、そうではなくて……っ」
不自然に裏返った声は、そのまま空気の中に溶け込んでいなくなってしまった。
僕は思わず首を傾げる。
「どうしたの、ヒジキ。なにかあった?」
君がここまで言いよどむなんて珍しい。
そんな思い込めて覗き込むと、思いがけず真剣な瞳に見返された。
「お、俺に、え、英語を、お、教えて、もらえませんか……!」
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