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「…あの日、学校から帰ると、母が…部屋で泣いていました。 どうしたのか聞いたら… オレの母は、シングルマザーだったんですけど、 母には一年ほどお付き合いしている、結婚を考えてる人がいたんです。 その人にオレが同性愛者だってことがバレたって…そのせいで、結婚どころか付き合い自体が白紙になったって言われて。 …ごめんって謝ったんですけど、母は怒ってしまって。”だいたい同性愛ってなんなの、気持ち悪い。あんたなんか生むんじゃなかった”…って、そう言われました」 「……っ」 「…他にもたくさん、キツいことを言われました。…きっと今までいろんな人にオレが同性愛者なせいで色々言われて、溜まってたんだろうなとは思うんですけど…母はずっと、オレの味方でいてくれたから、母にまでそんな風に言われたのが信じられなくて…頭が真っ白になって、家を飛び出しました」 今にも泣き出してしまいそうなほど顔で話すシノに、こちらまで苦しくなる。 シノにとって数少ない心の支えだった母親にそんなことを言われるなんて…どんなに辛かったろうか。 「…行く当てもなく飛び出したんですけど、駅の近くに着いた時に、たまたま友人を見つけたんです。オレ…頼れる人なんていないから、必死にそいつの元に走って…助けてくれって言ったんです。 そいつの腕掴んで…行く場所がないから助けてくれって…そしたら…」 シノは膝の上で作っていた拳を、さらにギュッと強く握りしめた。 「今、金を持ってるのかと聞かれました」 「……」 「最初、何でそんなこときかれてるかわかんなくて。でもよく考えたらお金持ってきてれば、一泊くらいホテル泊まったり、満喫行ったりできたのかって思ったんですけど…オレ何も持たずに飛び出したから、財布も持ってなくって。 持ってないって答えたら…じゃあ話しかけてくんなよって言われました」 「……」 「…そもそもオレといるのは金をくれるからだ、金がないならオレといる意味ない、なんでお前なんか助けなきゃいけないんだ…って。 …だいたい人前で話しかけて仲間だと思われたらどうすんだ、気持ち悪い…って、そう言われて、腕を振りほどかれました」 「…なんだよ、それ…」 シン様が、顔を顰めて俯く。 シノのために余程心を痛めてくれたのだろう。その言葉は先程までのかしこまったものではなく、とても感情的であった。 「…でもよく考えたら、あいつはいつも何か買って欲しい時とか、お金を貸して欲しい時にしか話しかけてこなかった。人のいない時にしか来なかったし…貸したお金が返ってくることもなかった。 …友人だと思ってたのはオレだけだって…よく考えたらわかりそうなのに…オレは頼ってもらえるのが嬉しくって、そんなこと気づかなかった」 そう言って、シノは悲しく笑った。 シノがいなくなったあの日と同じ、今にも泣きそうな、苦しそうな笑顔。 「…もう、考えることもできなくて、動く気にもなれなくて。呆然と立ち尽くしてたら…たまたま暴走した車が、オレのいた歩道に突っ込んできたんです。 …ぼーっとしてたから、はねられても受け身も取れなくて、全身痛くって… …なんか凄いついてない1日だなって思いながら…オレは、このまま死ぬのかって思った。 あいつにとっても母にとっても、オレは要らない存在だった。オレの味方だと思える人は2人だけだったのに…2人には、オレなんかいらなかった。 誰にも必要とされてなくて、みんなに迷惑がられて…だったらオレなんかいなくなればいいのに、このまま死んじゃえばいいのにって…そう思った」 「……っ」 (だから、あの時–…) だからあの時、シノは「ここはあの世ですか?」とジークに聞いたのか。 だから生きてると伝えた時に、喜びもしなかったのか。 …きっとシノにとっては2人がいてくれることが心の支えで、シノの全てだったのだろう。 その2人に拒絶され、すべてに絶望して、シノはこの国へやって来たのか… 気がつけばジークの頬は、涙に濡れていた。 「…そしたら急に、すごい光が自分を覆って… 目覚めたら、この世界でした。 だからこの世界に来て、あなたに"必要だ"って言われた時、本当に…本当に嬉しかった。 あなたの言葉に、オレは救われました。 -…だからその分、あなたに"元の世界へ帰る方法を探す"と言われた時に、絶望しました。 やっぱりオレは、いらないんだって…」 シノの言葉を黙って聞いていたジークだが、その言葉にはいてもたってもいられずに反射的に叫んだ。 「私はシノ様をいらないだなんて、思ったことは1度もありません!!」 「…でもオレは、"神子様"として、なんの役にも立ててなかった。何度窓を見ても、外の天気はずっと悪いままだったし…なんの力もないどころか、あなたの魔力を奪って命の危機にまでさらしてしまいました。 …だから本当はずっと、いつあなたに”いらない”って言われるんだろうって…ビクビクして過ごしてたんです」 シノのその言葉に、ジークはハッと息を飲む。 「…シノ様が、ずっと窓の外を見てたのは…元の世界へ帰りたかったからじゃなかったのですか…」 ジークのその質問に、シノはゆるゆると首を横に振った。 「…ネネさんに、”神子様がくれば天気が良くなる”と聞きましたが…オレが来てからずっと、この国の天気は悪かった。だからオレはジークさんたちが望んだ”神子様”じゃないんじゃないかって…ずっと不安で、空を見てました。 …日本に帰りたいと思ったことはありません。2人がどうしてるかなって、考えることはありますが…」 その言葉を聞きジークはほっと一息つくと、うまく動かない体を叱咤して手を伸ばし、シノの膝の上にあるシノの拳にその手を重ねた。 「…シノ様。シノ様がいた頃、確かにこの国の天気は良くはありませんでした。ずっと雨か、曇りでしたね。 …ですがあの頃、本当は国の天気予報ではずっと大嵐が来る予定だったそうなんです。なのに何故か予想通りに近づいてきた台風が、国に上陸する直前に消え去り、雨や曇りで済んでいたそうです。…そして、シノ様がいなくなった途端に、天候は大嵐に変わりました。 きっとシノ様がいた間はシノ様の力で守ってもらっていたから、雨や曇りで済んでいたのだと…シノ様がいなくなってから気づいたのです。 シノ様は間違いなく、我が国の神子様です」 強く言い切ったジークに、シノの瞳はゆらゆらと涙の膜を揺らす。 「…でも…オレは…何もできないし…ジークさんの魔力を…」 「何もできなくたっていいです」 シノの言葉を遮るように、強い言葉でジークが言う。 「何もできなくたっていい。神子様じゃなくたって、いいです。私の魔力だって、シノ様の怪我が治るならいくらだって差しあげます。 シノ様が私のそばにいてくれるなら、そんなのはどうだっていいんです。 …私はシノ様が好きなんです。 だからもう、どこにも行かないでください。私のそばにいてください」 力の入らない手で弱々しくシノの手を握ると、シノの瞳からホロリと涙が流れた。

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