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うまい話には裏がある

「……わぉ……」  一面の広い窓に展開される美しい眺望に ――  もっと違った表現もあろうものだが。        とっさに出た言葉はそれだけだった。      竜二はさり気なく真守の腰に手をやり片隅のライティングデスクの所へ  促した。     「―― 開けてみて」 「え?」  机の上には、1通の封筒が置かれていた。    言われた通りその封筒を開けた。    出てきた1枚の紙切れ ――。 「……?」     文面の一番上には ”完済証明書”とある。    その文字を目で追った真守は、  何度もその言葉の意味を脳内で反芻した。    かんさいしょうめいしょ ―― って、  あれだよね、つまり、借金は全部払い終わったって、しょうめいしょ……。    でも、どうしてこんなものがここに?     「おい、マモ? 大丈夫か?」  いつもなら、そんな風に聞かれれば ”大丈夫”と  返答する真守だったが、今は頭が少々混乱していて、  かなり大丈夫ではない。  契約終了、と赤い文字で書かれている書類を  持った手が、ブルブルと小刻みに震えてきた。 「わ、悪い冗談なんかじゃねぇよな……」  だって、何だかんだひっくるめて2億近い金額だったんだぜ。    その途方もない負債額が俺達親子を  どんだけ苦しめ続けてきたか……    たかが借金 ―― されど借金……    両親の亡骸を目にした時、  人ってこんなにも簡単に死ねるものなんだ、って  他人事みたいに思った……。    んで、自分はこんな死に方だけはしない。    って、心に決めたけど。  そんな覚悟はあっという間に吹き飛んで、  結局親と同じ道を辿ろうとした。    死ねば全ての苦しみから解放されるって思ったから。    だけど、今は何度自殺未遂を繰り返しても  死ねなかった”自分の悪運の強さ”にする。    やっぱり自分の将来は自分で切り拓いていく  しかないんだ。 「手嶌さ……」    絞り出した声は、情けなく震えた。 「っっ ――」  ”やばっ、泣く!”と思った。    じんわりと涙で滲んだ視界が、書類の文字を見えづらくさせる。 「マモ」  って! それ、反則だし。  そんな優しい声で呼ぶなよ。    堕ちる寸前で、  何もかもを包み込むような柔らかい声は、  もう涙を絞る凶器でしかない。 「っ、ふっ ――ぇっ……」  まじムカつくとか、嬉しいとか、  ほっとしたとか、苦しいとか。  ごちゃ混ぜになった感情が、  真守の目から雫を溢れさせ、  ポロポロと頬を濡らしていった。 「てしまさ、っ……」  がくっと折れかけた身体を竜二に支えられた。   「しっかりしろ、成瀬真守」  そっと見上げた竜二の顔は、笑みを浮かべている。  けれどその目は、真守を試すよう見据えていた。  あぁ ―― そうか。  とんだ思い違いをするところだった。    物好きな篤志家じゃあるまいし、  ただの善意であんな多額の借金を肩代わり  してくれたわけではない。  (あぁ、ほんとダメだな俺は……これだから勇人に   マモはいつまで経ってもお子ちゃまだって、   茶化されるんだ……)  しっかり、しないと……         「……見損なったか? それとも、いい迷惑だった?」  挑戦的な目の竜二から言われた、気弱な発言に戸惑う。     「昨夜お前を拾って、自分のマンションに匿ってから  必死こいて調べたら、お前が親父さん達の  亡くなった時スズメの涙ほどの遺産と一緒に  莫大な借金も相続したと分かった。  そして、今まで何回も自殺未遂をしたって事もな」      竜二は真守をヒョイと軽々お姫様抱っこして、  そのままソファーに座った。    そのままだから、当然真守は竜二の膝の上だ。    真守は今さらながらこんなシチュエーションが  とんでもなく恥ずかしくて。俯いた。  竜二を真っ直ぐ見る事ができない。     「まだ、死にたいか?」 「ん……そ、それは……」  もうっ!   (こんな状況でよくそんな事が聞けるな!)    竜二が小さく ”プ”っと噴き出した。     「??……」 「お前、かお真っ赤」 「う、煩いな……」  なんて強がってみても、  本当に真守の顔は耳まで真っ赤っ赤、なのだから  ちっとも格好つかない。     「かーわいぃー! でもこんな顔、俺以外の前で見せんじゃねぇぞ」   「可愛いって何だよっ。それに、その俺様発言も  気に食わねぇ」   「ならコレ、なかった事にすっか?」  と、例の完済証明書を真守の手から取って、ヒラつかせる。   「あーっ! 今になってそんなこと言うなんて  きったねぇぞ」    「でも俺は、マモが自分から身を任せてくれるまで、  キス以外はしねぇから」   「え ―― っ、でもそれって……」  (蛇の生殺し、なんじゃね?)     「それくらい、マモには惚れてるって事さ」 「……」  (そんな事、急に言われたって   にわかに信じ難いけど……   今はもう少しだけ、幸せな気分に浸っていよう)

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