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第1話

1. 蝶 目が覚めると、横から聞こえる静かな寝息。 こちらに向けた裸の背中が、呼吸とともにゆっくりと動く。 起こさないようにそっと覗きこむと、薄く開いた唇と伏せた長い睫が見える。 さらさらの黒髪は寝癖すらつかない。 毎朝ドライヤーとワックスで格闘しないと癖が取れない俺からすると、実にうらやましい。 日曜日の午前七時。 何を約束したわけでもない。ゆっくり寝て、午後から買い物にでも誘おうか。 そう思いながらも、なかなか見ることの出来ない恋人の寝顔をもっと見ていたくて、顔を近づけてしまう。 耳たぶにキスをしてみる。 反応なし。 頬。 そこから少しずつずらしていって、唇の端にキスしたところで、やっと動いた。 「……ん…まさき…?」 「起こしましたか」 「うん……なんじ?」 「七時です」 「ん……もすこし…ねる……」 史さんは寝起きが悪い。 それでも仕事がある時はなんとか起きて、決して遅刻はしない。 ぼんやりしたまま家を出て、電車の中でもあくびを数回。なのに、ひとたび会社の入り口をくぐると、きりっとポーカーフェイスの三澤 史が出来上がる。切り替えスイッチを内蔵しているらしい。 だから、このむにゃむにゃ言う史さんは、レア中のレア。 俺しか知らない、素の姿。 もう一度閉じた瞼にそっとキスをする。 前髪に触れようと手を伸ばしたら、史さんは目を閉じたまま俺の指を掴んだ。そして仰向けに寝返りを打った。 俺の指を離して、手がぽとりと胸の上に落ちる。 半開きの唇が、いつもより表情を幼く見せる。二つ年上のこの人は普段、大笑いもしないし、驚いてあんぐり口を開くこともない。 俺はそっと、唇を合わせた。 眠ったままの史さんの体温は高く、唇も温かい。 舌を滑り込ませたら、さすがに苦しそうに目を開けた。 「う……んぅ」 それでもしつこくキスを続けると、無意識に舌を差し出してきた。 史さんの身体に重なろうと体制を変えたら、こめかみをグーで強く押された。 「……眠いんだってば……」 「だって今日は、休みですよ」 「まだ、時間、早いよ……」 「少しだけ…」 首筋に唇を寄せると、あの甘い香りが匂い立つ。 史さんは知らないようだが、抱かれた次の朝、そのフレグランスは最高潮に達する。シャワーを浴びればおおかた消えるが、俺は職場で香りが漏れないかはらはらするので、休みの前日以外はなるべく抑えるようにしていた。 とはいえ抑えられない日も多い。 昨晩の事後、そのまま風呂にも入らずに二人して寝てしまったので、今朝はひときわ甘い香りが漂う。 俺は、史さんの鎖骨から胸にかけてそっと触った。 まだ無防備にまどろむ史さんは、くすぐったそうに身をよじる。 寝ぼけている史さんに悪戯すると、まれに、可愛らしい反応をすることがある。 抱かれていても、声を抑え、出来るだけ乱れないように自分をコントロールする史さん。若いときはそうではなかったと聞いたこともあるが、俺が年下だからなのか、そんな状況でも感情を露わにしない。 でも今日はもしかして、珍しい史さんが見られるかもしれない。 淡い桃色の乳首を口に含む。舌先で転がすと、んん、と声を上げて史さんはうっすら目を開けた。 俺は史さんの引き締まって少しくびれたウエストが好き。そこから繋がるこれまた引き締まったカーブをなぞるのも好き。 シーツと身体の隙間に手を入れて横を向かせ、そのウエストからヒップの色っぽいカーブを掌で堪能しながら、乳首を愛撫した。 「ふぁ……っぅんっ…」 睡眠と覚醒を言ったり来たりしながら、史さんは小さく喘いだ。 このままぼんやりしていてほしい。俺はちらっと史さんの表情を盗み見た。眠さとくすぐったさに翻弄されるのが、たまらなく可愛い。 わずかに痙攣しながら、史さんは背中を丸める。 「ぁ……っんぁ…」 俺は腰から太腿の裏側に手を移動させた。なめらかな肌を優しく撫でる。乳首から離れて、臍の少し上に舌を這わせる。 膝の裏、腿の脇、ふくらはぎや脛も、丁寧に撫でる。 すでに臨戦態勢の自分の下半身を待たせて、俺は史さんの体中を、くまなく愛でた。 無意識に勃ちあがりつつある史さんのそこには直接触れずに、俺は出来るだけ遠いところを、撫でるだけにした。 そのうちに、足の先がびくっと震えたり、腿が無意識に合わさったりするようになり、膝にキスしたあたりで、頭上から、まさき、と呼ばれた。 見ると、上半身を起こして、紅潮して、かつ少し怒った表情の史さんに睨まれていた。瞼は、しっかり開いていた。 「目、覚めました?」 「……さめた」 これは、この表情は、もしかするとうまくいったかも。 俺はにっと笑って、もう一度膝にキスをした。舌の感触に、史さんの脚がびくつく。 腿の後ろ側に腕を回して、下半身ごと抱き寄せる。 近づく史さんの中心には触れないように、見るだけに留める。 「…みる……な」 「なんで?」 「……や…っ…だ…」 「…触りませんから、大丈夫ですよ」 「…………」 寝起きじゃなかったら、そうか、じゃあ離せ、って足蹴にされるかもしれない。 そんなSな史さんも好きだけど、今日は多分見られそうだ。可愛くて、ちょっとエロい史さんが。 「史さん?」 「…………」 「どうしました?」 「………れ…」 「え?」 「……する、なら……ちゃんと…触……」 「……どこに?」 「言わせようと…するな…っ…」 「言って」 「やだ」 「聞きたい」 「やだっ」 史さんは俺に捕まれた脚をばたつかせる。脚を解放してやると、腕がぐーんと伸びてきて、頭を捕まれた。 唇を重ねて、いきなり舌が入ってきた。 口の中を少し乱暴に舐められ、ぞくぞくする。いつも受け身の史さんが自分から求めてくれている。俺は史さんの髪に指を差し込み、受け止めた。 長い長いキスをして、唇を離すと史さんの切ない表情が目の前にあった。 その目をじっと見つめていると、寝起きのかすれた声で史さんが言った。 「……抱くなら…早く…っ…」 俺の首に腕を回し、史さんは懇願した。 可愛い。 死ぬほど愛しい。 あなたをこの腕に抱いている時が、俺の全て。 ずっとこうしていたい。 あなたを愛してる。 そこから先は、あんまり覚えていない、休日の朝。 2. 花 「起こしましたか」 耳元に聞こえた、甘い声。まだ眠い。確か、今日は日曜日のはず。 カーテンの隙間から明るい日差しが差し込んでいる。晴れているようだ。 「うん……何時?」 「七時です」 「ん……も少し…寝る…」 目を閉じると、簡単に眠りに落ちそうだ。隣にいる柾の体温が温かくて、眠気を誘う。 昨夜はいつ落ちたか覚えていない。疲れて気づいたら寝てしまっていた。最近の週末はこの幸せなパターンが多い。 だから朝はもう少しゆっくり寝ていようと思ったら。 瞼に柾の唇が触れた。 髪を撫でられるのがくすぐったくて、その指を掴んだ。そんなことをされても、眠気には勝てないぞ。仰向けになって、もう一回寝ようと思った。 きっと柾も眠いはず。 そう思ったのに、二歳の年齢差の違いを俺は知らされることになる。 キスされて、遠のきかけた意識が戻ってくる。 だから、眠いの。 寝かせてって言ってるのに。 柾の熱い舌が割り込まれる。無視しようと思ったのに、身体が気持ちを無視して律儀に応えようとする。 柾の身体がのしっと覆い被さってきた。お互い何も着ていないから、肌が直接触れる。肌触りは心地いいけど、とにかく眠い。 俺は仕方なく薄く目を開けて、柾のこめかみをグーでぐりぐり押した。 「……眠いんだってば……」 「だって、今日は、休みですよ」 「まだ、時間、早いよ……」 なにも早朝七時からしなくても、時間はたっぷりあるのに。柾の肌はもう火照っている。 柾はじっと見つめてくる。見えない尻尾をぶんぶん振っている、俺の可愛い大型犬。 「少しだけ……」 柾はごそごそと体制を変えて、何かを企んでいる。 お願いだからおじさんを寝かせてください。 柾の指がさわさわと首や胸を触ってくる。くすぐったくて、眠れない。そして、じわじわと違う感覚が身体の奥から沸き上がってくる。 まだ半分眠っている身体は、いっぺんにやってくる情報を整理しきれず、パニックを起こしかけていた。 柾の唇に乳首を吸われて、無理矢理覚醒させられる。舌の先で転がされて、身体がわかりやすく反応してしまう。柾の腕が仰向けの俺の身体を横に向かせて、腰の周りを撫でる。 柾は、どうしてか俺の腰回りのラインを好む。 骨ばっていて、特にセクシーなくびれがあるわけでもないのに、物好きだ。 そして柾は恋人だけれど、いつも少し遠慮がちに俺を抱く。 壊れ物に触れるかのように優しく丁寧に。くすぐったいくらいに。 今も、優しく触れて、俺の身体をもてあそぶ。 「ふぁ……っぅんっ…」 勝手に声が出た。逃げたくて身体を丸めた。何を考えているのか、柾は体中をさわさわ、やわやわと撫でさすり、揉みしだく。 次第に眠気は影を潜め、代わりに違う欲求がはっきりと顔を出してきた。 それを柾に悟られないように、瞼を閉じたまま、眠い演技をし続けた。 「ぁっ……んぁっ…」 いずれ演技もむなしく、口からひとりでに喘ぎ声が漏れた。 脚のあちこちにキスされ、撫で回されるうちに、身体が柾を迎える準備を始める。持ち主の思惑は置いてきぼりだ。 寝るのは諦めた。 身体を起こして、無心に膝にキスする柾の名前を呼んだ。 「目、覚めました?」 「……覚めた」 そりゃあ覚めるだろう。覚ましたのは誰だ。 柾はにっと笑って、膝にキスをして、俺は太腿ごと強く抱きしめられた。 顔が近い。 頼むから朝っぱらからそんなところに顔を近づけないで。 もう、昴ぶりはじめているのに。 「…見る……な」 「何で?」 「……嫌……っだ…」 「…触りませんから、大丈夫ですよ」 大丈夫って、何が。黙って見られているほうが恥ずかしい。 身体が熱い。 まんまとはめられた。そう思うのに、嫌じゃない。 柾の手で触れられたい。 この熱を放出しないと、苦しくて仕方ない。そして、柾を受け入れたい。 さっきからところどころ触れる柾のそこは、もう臨戦態勢が整っていた。 「史さん?」 「…………」 「どうしました?」 「………れ…」 「え?」 「……する、なら……ちゃんと…触……」 「……どこに?」 「言わせようと…するな…っ…」 「言って」 「やだ」 「聞きたい」 「やだっ」 ああ、もう、ほんとに。 柾はたまにこうやって、俺を煽る。 それが……俺が、実は、本当は嫌いじゃないことを、知っていて。 出来るだけ理性的な大人に見られたいのに、お前には。 柾。 愛してる。 お前に抱かれるのは、至福の時。 柾の顔を引き寄せて、キスをした。唇を食べるみたいに、乱暴に。 「……抱くなら…早くっ…」 口をついて出た言葉。 柾は弾けたように俺に覆い被さった。 そこから先は、あんまり覚えていない、休日の朝。

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