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第12話

 いとも簡単に誰かを手にかける想像が浮かぶだなんて、やはり俺にはそんな血が流れているのかと思うと、苦笑いがとまらなかった。  平穏に包まれた普通の学生としての生活がしてみたい、裏だの闇だのと言われるような世界じゃなく、堂々と陽の光の下で人生を歩んでみたい、そんな希望を抱いて生まれ育った街(香港)を後にした。これからは親父とは異なる俺の道を探してみたいと、まだ見ぬ世界に夢を馳せた。  だが、どんなに格好を取り繕ったところで、変えようのない熱い血が俺の身体の中には確かに流れているのだと、今この時に思い知らされたようで、動揺がとめどない。  そして、この激情こそが親父と俺をつなぐ唯一つの形なのだと自覚すれば、今は亡き親父との思い出があふれるように胸を埋め尽くしては、苦しくて、悲しくて、涙が出そうになった。  その親父をいつも心のどこかで厄介に思っていたこと、幼い自分に課せられた過酷な日常をうとんだことなどが次々と浮かび上がっては胸を締め付ける。  そんな中に入り混じり、浮かんでは消える親父の笑顔、そして幼き日に俺を抱き上げたお袋の匂いなどが思い起こされれば、堪らない気持ちでいっぱいになった。  二度と還らない日々が頭の中で渦を巻く。  苦しいのは俺も一緒だ。本当は寂しくて悲しくて堪らなくて、独りになんかなりたくなくて、誰かに傍にいて欲しくて仕方ない。  そんな気持ちを封じ込めて平静を装うことの方が当たり前になってしまった今現在、ヤツの痛みが引き金となって俺の中の深いところでくすぶる何かに共鳴したのかも知れない。  会ったばかりの俺を相手に、この男が何故こんなことを暴露したのか、理由などどうでもいいと思えた。 ◇    ◇    ◇  俺は胸ポケットから携帯を取り出し、ヤツへと差し出した。 「これ、俺の番号とアドレス」  それを目にした瞬間、少し驚いたように瞳を丸め、だが直後にヤツの墨色の瞳からほんの僅かに険がゆるんだように感じられた。粋がって挑戦的に笑みまでたずさえたいた口元が、その強がりから解放されたように穏やかさを取り戻す。 「へぇ、サンキュ……」  ヤツはそれだけ言うと、画面に映し出された番号を自分の携帯へと記憶させた。  器用な手つきで、指先をボタンの上で流麗に泳がせて、記録する。何気ないそんな行動が胸を締め付けるようで、気付けば俺もヤツの方へと身を乗り出していた。 「お前のも教えてくれよ。電話番号と……それから名前も」 「え――?」 「まだ聞いてねえし、お前の名前」  そう言った俺の言葉にまたもや驚いたようにこちらを見つめ、そしてすぐにフッと軽い笑みをもらした。 「そういやまだ言ってなかったっけ」 「さっき紫月から聞いたには聞いたけど……よ?」 「はは、そーだっけ?」  結局、ヤツは例の画像を俺に送信しなかった。  すぐに届いた一通のメールを開けば、そこには『雪吹 冰』と、ヤツの名前だけが記されていた。  ダブルブリザード――最初に”音”だけで聞いた時に脳裏に浮かんだ印象の通り、凍てつく氷のような名前だった。俺はひと言、『サンキュ』と言って携帯を胸ポケットへとおさめ、ヤツもまた、自らのを制服のポケットへと仕舞った。  その後、格別の会話もしないままで、俺たちはただ近付け合った肩を並べて紫月が戻ってくるのを待った。  時折、視線を感じて隣りへと目をやれば、少し細められたヤツの瞳が穏やかな午後の陽ざしの中で眠たげに揺れていた。  安堵とも苦渋ともつかない静かな瞳が墨色にゆるんで、それは少し哀しそうでもあり、あるいは幸せそうでもあって、酷く曖昧で強烈な印象となって脳裏を揺する。  俺はこの時に見たヤツの感情を、そして図らずも掘り起こされた自らの激情を、きっと忘れることはないだろうと思った。 - FIN -

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