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焔(続編)23
四年後――。
俺は高校を卒業してから源さんのタバコ屋を手伝いながら、時折ふらりと舞い込んでくる裏の世界の仕事で食っていた。
紫月もまた、卒業後三年ばかりは実家の道場を手伝っていたが、今は俺の部屋で衣食住を共にしている。
二人の気持ちを紫月の親父さんに打ち明けたのは一年前のことだった。紫月のお袋さんが彼を生んで程なく他界していたことを知ったのは、俺たちが想いを告げ合ってすぐ後のこと――原因は病だったそうだ。紫月は道場を切り盛りする親父さんと、寺の住職をしていたという爺さんの男手で育てられたとのことだった。
男同士で愛し合い、できることなら生涯を共にしたいと言った俺たちを前にして親父さんは驚いていたようだが、それでも頭から否定したり反対したりということはなかった。二人がそう望むなら精一杯歩んでみろと言って、俺たちの仲を認めてくれたのだ。
それを機に紫月が俺の部屋へ引っ越して来て、共に暮らすこととなった。ヤツは男だけの家庭で育ったせいか家事全般――特に料理がめちゃくちゃ得意で、驚くほど美味い物をこしらえては俺の舌を喜ばせてくれていた。今では当たり前のように源さんも交えて、三人でメシを食うのが日常となっている。源さんは本当の親父のような存在で、繁華街の小さな古ビルに仲睦まじく、俺たちは寝る時以外は家族のような暮らしをしていた。
紫月の実家にもしょっちゅう行き来して、週末は親父さんと源さんと四人揃って夕飯を食べる。これもすっかり恒例となっている。一度失くしてしまった家族のあたたかさが形を変えて俺を包み込んでくれる――そんな幸せな日々を過ごせていた。
一方、ある意味では平穏な堅気同然となった俺に比べて、幼馴染の倫周は未だ香港暮らしだ。今では周焔の兄貴の下でセキュレタリーとして勤めながら、相変わらずに父親の麗さんを捜すことを諦めていないようである。だが、周一族の中で暮らしているのなら俺にとってはそれだけで安心できる有り難いことだった。
そしてもうひとつ、俺と紫月にとって心躍るうれしい知らせが届いていた。三年半ぶりで冰がこの日本に帰って来るというのだ。
例の事件の後、冰は結局香港に行ったきりとなり、続いて母親も現地へ向かい家族揃っての生活が叶ったと聞いていた。傾きかけていた経営も、父親が香港支社で必死に立て直しを図った結果、何とか持ち直したそうだ。冰もまた、高校を卒業すると同時に父親の社で尽力していたそうで、実戦で経営学を学んでいるらしい。
「遼! 冰が帰って来る日が決まったって! 来週末だって」
紫月がパソコンのリモート画面にかじりつきながら嬉しそうな声を上げている。
「な、な、俺らも迎えに行くべ!」
「ああ、もちろんだ」
引っ越しは別便で手配しているだろうから荷物はそう多くなかろうが、とりあえず冰の手荷物を乗せられるように大きめのレンタカーでも借りて行くかと算段していた俺たちだったが、直後うれしい裏切りにあうこととなった。
「車は必要ねえって言ってる……」
「必要ねえだ? どうして――」
「うん……なんかね、帰国後に一緒に住む人と帰って来るからって」
「――一緒に住む人だ?」
「お袋さんはもうしばらく香港の親父さんの元に残るみてえでさ、帰って来んのは冰だけみてえけど……実家には戻らねえでその人と住むんだって。その人の立ち上げた商社を手伝うんだとかって話だけど……」
「商社――?」
怪訝に思って俺もリモート画面を覗き込めば、そこには懐かしい冰の笑顔と――その背後には見知ったツラがもう一人。
「お前……まさか……周焔――?」
不敵な笑みを讃えた周焔の姿に驚かされた俺たちだった。
四年前のあの日、窮地にあった冰を助け出したのが倫周と――それからこの周焔だ。冰は二人に付き添われて香港の親父さんの元へ旅立ったわけだが、まさか冰と周焔が懇意になっているとは想像もつかなかったことだ。
そういえば周焔はいずれこの日本で起業するつもりだと言っていたことを思い出す。
「あいつ……じゃあ本当に事業を立ち上げるつもりなのか」
有言実行、まさにヤツらしい人生の歩み方だ。
まあ何事に関しても焔がしっかりと地に足をつけて人生設計を立てているというのは想定内だが、まさか冰がヤツの側で共に歩もうとしているとは驚き以外の何ものでもない。この数年の間に彼らがどんな付き合いを重ねてどんな経緯で一緒に暮らすことになったのかも――正直なところ想像がつかない。
「な、今のがもしかして冰の言ってた強面の男前か? マジで聞いた通りのいい男だったけど……もしかしてあのイケメンと冰……デキちゃってるとか?」
リモート画面を閉じた後で紫月が頭を抱えていた。
「……はは、さあどうだかな」
周焔ほどの男なら、それこそ色恋に関しても苦労などしていないはずだ。何もせずとも寄ってくる女は後を絶たないだろうことも容易に想像できる。そんな男が同性の冰を伴って生まれ育った故郷を離れ、この異国の地で起業するというのだから生半可な思いではないはずだ。もしかしたら紫月の言うように、二人は恋人のような関係にあるのかも知れない。それともただ単に仕事のパートナーとして互いを必要としているだけなのか――。焔が起業するのは商社とのことだし、冰の実家は貿易会社だ。スキル的には申し分ないというところだろう。
「まあ……とにかく、冰が元気で帰って来てくれるっつーのは喜ばしいことだべ!」
紫月は今から来週末が待ちきれないでいるようだ。
「車いらねんならバイクで二ケツしてくか。遼の後ろに乗るの好きだし、俺!」
たまの休みには源さんのバイクを借りて二人でツーリングを楽しんだりもしてきた俺たちだ。天気が良ければそれも悪くない。
「そうだな、雨じゃなきゃバイクで行くか」
「雨だったら電車でもいいな!」
楽しい想像に俺たちは湧いた。
そして当日――。
空港の到着ゲートから姿を現した冰がキラキラと輝くとびきりの笑顔で逞しい男の腕にそっと手を添えているのを見た瞬間、俺たちは確信させられることになる。
何も聞かずとも二人がどのような間柄で、どのような思いで共にこの日本に帰って来たのかということが理解できたからだ。冰の輝くような笑顔を見つめる周焔の瞳は相変わらず自信に満ちていて、その立ち姿を見ただけで一筋縄ではない風格を感じさせる。不敵な笑みも幼い頃から何ら変わらないが、それでもふとした瞬間に冰に向けた視線がひどく穏やかで、満たされているように感じられる。
ああ、そうか――。この二人もきっと――俺たちと同じように幸せなんだ。そう思ったら、感激とも感動ともつかない言いようのない気持ちが胸に広がって、思わず目頭が熱くなってしまうのをとめられずにいた。
「紫月! 遼二! ただいまー!」
焔の手から離れて満面の笑顔で駆けてくる冰を、俺たちもまた両手放しで迎えた。
お帰り、冰――!
これからは大切な家族の他にも大切な友と過ごせる幸せな日々が待っている。そう思ったら胸が躍るようだった。
いつの日か、倫周が麗さんを捜し出して帰って来るかも知れない。こんなふうに目一杯手を振って、再会を喜び合えるかも知れない。
その時は何のわだかまりもなく、心からの、とびきりの笑顔で迎えられる――そんな気がして俺は潤み出した涙をそっと拭った。
- FIN -
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