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螺旋階段は同じ所を通らない(4)

 宮下の家へ遊びに行く日が決まり、真壁は浮かれ上がっていた。職場の人にお願いした結果、土曜日に丸々休みがもらえたのだ。 「真壁が土曜の休み希望出すなんて初めてだから、皆驚いてたよ。どうしたの? 彼女でもできた?」 「そういうんじゃないですよ。友達です」 「ふーん。じゃ、そういうことにしておいてあげよっかなー」  美容部員の笹原が、美しく華のある顔をにやつかせながら真壁を肘で突く。彼女は歴の長い優秀なパートでもあり、真壁は彼女に頭が上がらなかった。 「失礼します、真壁さんいらっしゃいます――ね。東山製薬の宮下ですけど」  笹原から解放された後、スーツ姿の宮下の低い声が事務所に響き渡った。真壁は普通に気軽に挨拶をしかけて、一瞬思いとどまった。今は仕事中だ。流石にオンとオフのメリハリは付けなければ。真壁は対お客様・取引先用のよそ行き笑顔を貼り付けて、宮下と相対した。 「おはようございます。宮下さん、今日もよろしくお願いします」 「あ、はい。こちらこそ。本日なんですが、売場のメンテナンスいたしますね。あと、来月中旬頃発売予定の新商品について説明させていただきたいんですが、お時間宜しいですか?」 「大丈夫ですよ。よろしくお願いします」  宮下は風邪薬のパンフレットを取り出しながら、心地良い声で流れるように説明を始めた。これで二歳年下なんだよな、と真壁は感心する。二歳下ということは三年目ということで、まだ二十四歳なのだ。真壁が同じ年のとき、こんなにしっかり仕事ができた覚えはない。今ですら殆どない。笹原を始めとする従業員にたくさん助けられている。情けないことに。 「――以上です。不明点などございましたか?」 「いいえ、問題ないです。ありがとうございました」 「こちらこそ。それでは、売場のメンテナンスさせていただきますね」    宮下は業務用のスマイルを残して売場へと向かった。一緒にご飯を食べたときのしたり顔の宮下のことは、この職場では真壁しか知らない。そのことに優越感を覚える。だが、宮下みたいに顔も良くて社交的な性格なら、他にも友人がいるはずだ。彼の気の緩んだ顔を知っている者は、真壁が知らないだけで幾らでもいるのかもしれない。そう思うと、優越感は一気に萎んでいき、僅かな独占欲と嫉妬が頭を擡げる。真壁は慌てて、やるべき仕事を探した。  自分なんぞが抱く資格のない、贅沢な感情を打ち消してしまいたい。その黒々とした感情の源は、明らかに友情の域を超えている気がする。そんなことあってはいけない。  真壁は宮下と良い友情を築いていきたいと思っている。彼はかけがえのない友人なのだ。  倉庫の整理を粗方済ませたところで、メンテナンスを終えた宮下が人好きのする爽やかな笑顔で近づいてきた。それがよそ行きの顔だと分かっていても、真壁の心は晴れやかになる。宮下のお陰か仕事のお陰か、先程抱いた嫉妬の感情は鳴りを潜めていた。 「メンテナンス終わりました。ありがとうございます」 「こちらこそ、ありがとうございました。またよろしくお願いします」 「はい、喜んで。……あと、今度の土曜日、楽しみにしてるね」  宮下の笑顔は、営業用スマイルから気安さを感じる無邪気な笑顔に変わっている。業務用から友人用に変わった宮下の振る舞いに心が追いつかず、真壁は動揺した。生まれてしまった無言の間を誤魔化すように慌てて笑顔を浮かべ、「俺も楽しみだよ」と精一杯の親愛の言葉を絞り出す。その真壁の様が余程おかしかったのか、宮下は声を上げて笑った。 「ごめん。業務中に突然プライベートの話したから、驚きましたよね」 「うん、その話されるとは思わなかったよ。こっちこそごめん」 「いえいえ。……じゃ、また土曜日。失礼しました」  宮下は一礼してから倉庫を後にする。彼の笑顔の変幻自在さに感心していると、背後に気配を感じて真壁は飛び上がりそうになった。振り返ると、笹原が胸に手を当てたまま、暖かく清らかな笑みを湛えてただただ頷いていた。 「笹原さん、どうしたんすか」 「いやあ、真壁の友達って宮下さんだったんだね。何かさあ……胸にこう、こみ上げるものがあって」 「体調不良っすか?」 「違うわ、吐かないから。宮下さんって、友達と居るときはあんな可愛い顔で笑うんだなあってしみじみ感じ入ってたの! 尊いわー」 「目の保養ってやつですか」 「そー!」  頬を染めて乙女のようにはしゃいでいる笹原の姿を見ていると、笑顔を見せただけでちやほやされるなんて羨ましいな、という宮下への妬みの感情が真壁の心に湧いて出てくる。彼に友好的な感情を抱いているはずの真壁ですらこうなのだから、今まで宮下がどれだけ嫉妬の感情を向けられてきたのか、想像するだに恐ろしかった。  宮下のように人当たりが良く要領が良いなら、嫉妬を向けられる前に相手を味方に付けることも容易なのかもしれない。それが事実かどうかは宮下にしか分からないし、真壁には想像することしかできない。  人は誰しも、自分の人生を歩むほかない。今まで何を感じてどのように生きてきたのかは、その人本人にしか分からないのだ。それでも、人と仲を深めていけば、相手の生き方の片鱗や考えの一端に触れる機会がやってくる。真壁が宮下のそうした一面を垣間見たのは、件のライブDVDを見ようと約束した土曜日のことだった。

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