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螺旋階段は同じ所を通らない(11)

「真壁、最近上の空じゃない?」  職場の倉庫で笹原に声をかけられたのは、宮下からDVDを借りて二週間が経った頃だった。  真壁は先程、千円の風邪薬に一万円の値札を付けてしまった。「ぼったくりかよ!」と笹原は笑っていたけれど、今は純粋に真壁のことを心配してくれているようだ。ぱっちりした目が、優しく細められている。 「すみません。気、引き締めます」 「ま、あまり気にすんな。あんた、普段はそんなポカしないじゃん? 珍しいなって思っただけ。ちょっと早いけど、休憩入ったら?」 「……そうさせてもらいます」  笹原は売場に出ていく。普段の彼女なら、真壁のミスを見つける度に「こら、真壁~!!」とどやしつけてくるはずだ。それがないということは、今の自分は相当に顔色が悪いのだろうと見当がついた。  短白衣を脱いで、休憩室の椅子に腰かける。長い長いため息が漏れ出た。とりわけ、ここ一週間は何もかもが上手くいっていない。事務仕事は元々抜けが多いのだが、比較的得意だと思っていた接客販売でも実績を伸ばせていない。  そもそもの原因は、一週間前に宮下から送られた「DVDどうでした?」というメールだった。感想を捏造するわけにもいかず、追い立てられるように幾度となくDVDを見返したのだが、いつも同じ箇所で再生が止まる。その先が肝心だというのに。未だにメールの返信ができていなかった。  再生ボタンを押す度、宮下のことを考えずにはいられなくなる。日を追うごとに記憶がどんどん美化され、真壁にとって都合の良い内容に整って……否、盛られていく。あんなに恐れていたはずの刺すような視線が、真剣に真壁を求める眼差しだったように思い出されるのだから始末に負えない。事実誤認も良いところだ。確かに宮下は、「止めてほしくなかった」「気持ち悪いなんて思ってなかった」と言っていたのだから、この歪められた記憶こそが正しく宮下を捉えていると言っても過言ではないのだが。  また宮下のことを考えている。いい加減嫌気が差してきた真壁は、早々に弁当を平らげた後、スマートフォンの音楽再生アプリを起動してイヤホンを付けた。最近はスパイラルの曲を聴くことを避けるようになっていたのだが、そのおかげで別のバンドにも目を向けるようになったので、悪いことばかりではないのかもしれない。  ……やっぱり新しい出会いを探そう。案外良い人が見つかるかもしれない。そうすれば、宮下への恋心も薄れて、普通の友人として過ごせるかも―― 「真壁さん、こんにちは。宮下です」  疚しい思考を詰るように、宮下の低くて柔らかい声が響き渡った。DVDのことが脳裏を過る。真壁は体をびくっとさせて固まった。イヤホンを外して恐る恐る振り向くと、宮下は明るい陽光のような笑みを浮かべている。肩回りの力が少し抜けた気がした。 「真壁さん、休憩中でしたよね。すみません、お声掛けしてしまって」 「ああ、大丈夫です。お気になさらず。今日もメンテナンスに?」 「はい、それもあるんですけど。……俺、今日で担当を外れることになったので、そのご挨拶をしなきゃいけないんです」  え、と間抜けな声が真壁の口を突いて出た。思い返せば、宮下の所属する東山製薬は担当の入れ替わりが早い。半年も担当が同じだったことが異例なのだ。  宮下の笑顔のメッキは剥がれていて、別れを惜しむような表情になっている。二人は友人なのに。望めば、また会えるというのに。真壁まで寂しい気分になってしまう。 「あ……今まで、お世話になりました。宮下さんの説明、とても分かりやすかったから、本当に今まで助かりました。ありがとうございます」 「そう言っていただけて嬉しいです」  宮下が担当を外れることになったのは、担当区域での実績が認められて昇格したかららしい。管理職にはまだ遠いんですけどね、と照れくさそうな表情の宮下は、深々とお辞儀をした。 「だから、皆さんのお陰というか、真壁さんのお陰でもあるんです。ありがとうございます」 「そんなことないですよ。宮下さんが努力したからです」 「……真壁さん、本当に優しいですよね。今回の異動で一番堪えてるのは、真壁さんと一緒に仕事が出来なくなることだよ。俺みたいな若い男の話を素直に聞いてくれて、想定以上の実績を上げてくれる。真壁さんと仕事する度に、すごく心が楽になるんだ。俺、まだ頑張らなきゃなって思える。これから先が不安だよ」  仕事の話をしているのに友人モードの喋りに入っている宮下は、お世辞ではなく本気で真壁のことを評価してくれているのだと分かる。その肝心の実績作りが上手くいかない中、彼の言葉は真壁の心にゆっくりと浸み込んでいく。 「そうかな。そこまで俺のこと買ってくれるのは宮下くんくらいだよ。ありがとう。宮下くんなら、他のとこでもやっていける。すごく頑張ってたんだからさ」 「ありがとうございます、頑張ります。……担当は外れるけど、これからも個人的に真壁さんとはお付き合いしていきたいんだ。良い、かな?」 「えっ――」  真壁の頭の中は真っ白になった。宮下の「付き合う」という言葉選びに別の、恋愛的な意味を感じてしまうくらいに、思考が危うくなっているのを感じる。

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