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面倒なものほど愛おしい(7)完

 遠くで金属製のドアが閉まる音がして、意識が覚醒した。体が重くて怠く、起き上がるのも億劫だ。  ころ、と寝返りを打ってはじめて、横に馴染んだ温もりがないことに気づいた。……一人で起きたのか? あの、低血圧でなかなか目を覚まさない、愛しい恋人が。満たされたはずの心が、不安に侵食されていく。目を開けたら、部屋の中から宮下の痕跡が全てなくなっているのではないか。  悪い想像を振り払うように拳を握りしめると、左手に小さな硬さが引っかかった。その確かさが、真壁を徐々に落ち着かせる。――宮下も社会人だ。一人で起きられるに決まってる。あの寝起きの悪さは、いずれ真壁が起こしてくれると気を抜いていたことによるものだろう。  冷静さを取り戻し、ぱちりと目を開き、部屋の中を見回した。水色の掛け布団のベッドはもちろんのこと、ダークブラウンの本棚も、漆黒のデスクも、そのままの配置で真壁の存在を受け入れていた。そういえば、今日はゴミ捨ての日だったような気がする。腰がじりじりと痛むのを我慢し、立ち上がった。寝室から出ようとドアノブに手をかけると、扉は軽い力で呆気なく開いた。少しぽやっとした、寝起きの宮下の笑顔には、昨日見せたような激しさは欠片も残っていなかった。 「あ。おはよう俊明さん。起きて大丈夫?」 「お、はよ。悠人くんが、いなかったから」 「ああ、ゴミ捨てに行っただけだよ。……俺だって、先に起きることぐらいありますよ。いつまでも寝てるわけじゃないんです」  唇をとがらせて拗ねる宮下は可愛げがあって、ついからかいたくなってしまう。けれど、可愛いなんて口にしようものなら、更に彼が不機嫌になってしまうことは分かりきっている。そんなところも可愛いのだけれど、今は宮下を労ってやるのが筋だろうと、真壁は頬の筋肉を引き締めた。 「ごめんね、分かってるよ。ゴミ捨ててくれてありがとう」 「俊明さんの担当って決まってるわけじゃないでしょ。俺こそ、いつも任せちゃってすみません」  お礼と謝罪のやりとりもそこそこに、リビングのソファに並んで座って、買っておいた惣菜パンをかじる。   今日は、書類上の自宅にいったん帰るつもりだった。家の片付けだけでなく、転居届などの公的な書類の提出、職場への諸々の申請など、なるべく早めに済ませておくための準備をしておきたい。心を決めてから、やるべきことが一瞬にして積み重なった。けれど、不思議と気分は晴れやかだ。迷うことがなくなったからだろうか。  たまごロールパンは早々になくなり、ミニウインナーパンに宮下が手を伸ばした。手のひらサイズの少し甘みのあるパンの中に、これまた小さなウインナーとマヨネーズが入っているのだが、宮下がこのパンを好んでいることを知ったのは一緒に暮らしてからだ。この七個入りのパンを食べるときは、お互いに三個ずつ食べて、残りの一個を宮下に譲るのがお決まりになっていた。「ありがと」と小さく呟く彼の律儀さや、顔全体に薄く広がる喜びの色を感じたくて、真壁は買い出しに出かける度にこのパンを買ってしまうのだった。  宮下と暮らす中で日々感じる細やかな幸せにも、いつか慣れる日が来るのかもしれない。それでも、幸福がなくなってしまうわけではない。日常に組み込まれて、生活の一部になっているだけなのだから。  袋の中のパンの数が一個になって、宮下が控えめな視線を寄越してくる。彼の言いたいことはもう分かっている。真壁は笑顔で軽く頷いて、袋を宮下の方に寄せた。 《完》

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