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第2話 山田オッサン編【2】

「そーいやイチさん、もう1年くらいなるっけ? ここ」  うまい棒めんたい味の大袋から1本抜きながら佐藤弟が言った。  バーチャル高原から戻った山田が、うまい棒エビマヨネーズ味を貪り食いながら頷く。 「あーそうだなぁ、そろそろそんくらいかなぁ」  去年、ついにボロアパートが取り壊しになり、山田は慣れ親しんだ棲み家にサヨナラを告げた。 「クソ、あのアパート……死ぬまで住んでやろうと思ってたのによォ。よくあんじゃん、超ボロアパートに住んでる年金暮らしのジジイが奇行に走ってニュースになったりするやつ」 「奇行に走る気だったのか?」  田中が言い、 「安心しろ、お前は若ぇ頃からずっと奇行に走り続けてるよ」  佐藤も慰めるように言った。  山田の現在の巣は、土地持ちが自宅の敷地の一角に建てたアパートの一室だ。上下に一戸ずつの、こぢんまりした建屋の2階。  大家は独り身の親父さんと若夫婦の二世帯住宅、夫婦には幼児がひとり。どうやらダンナは婿養子らしい。 「ま、何にしても、やっとイチさんちから兄貴を駆除できて良かったぜー」  引っ越し前後からさんざん吐露してきた安堵を、弟が改めてしみじみ漏らした。 「ヒトを害虫みてぇに言うんじゃねぇよ」 「害虫そのものだろ」  年食ってますます似てきた目を兄弟が交わす横で、田中が言う。 「あんときのさぁ、佐藤を駆除した原因の? なんつったっけホラあのオンナ」 「だから駆除とか言うな」 「ユイ? ユミ? クミ?」 「ナルミだろ」  佐藤が投げ出すように言い、山田の煙草を抜いて咥えた。 「しつけぇからちょっと遊んだだけじゃねぇか」 「遊ぶのはお前の勝手だけどな佐藤、俺のアパートに連れ込むとかありえねーだろ」  俺の、を強調して吐き捨て、山田がうまい棒の最後のひとくちをバリバリと噛み砕く。  ある夜、帰宅してドアを開けた山田の目に、押し倒さんばかりに佐藤の唇を奪っている見知らぬ女の姿が飛び込んできた。  山田は無言でドアを閉め、その場を去った。 「連れ込んでねーし、勝手に押しかけてきただけだし。そんでお前、何日か帰ってこねぇと思ったら1Kの引っ越し先なんか決めて戻りやがってよ」  それで袂を分かった佐藤は、ここから徒歩10分のマンションに住んでいる。 「気を遣ったんじゃねぇか、お前が心置きなくどっかのチャンネーと末長い幸せを築けるよーに? てかナンで引っ越してまでお前と同居し続けなきゃなんねーんだよ、てか感謝してほしいくらいだぜ、ひとりで2DKに引っ越して連れ込み放題同棲し放題だろうが」 「連れ込んでねぇっつーの、だったらしばらく俺んち連泊してみろっつーの、来ねぇからオンナなんか」 「行かねーし、ぜってー行かねーし!」 「お前ら、痴話喧嘩にしか聞こえねぇんだけど」 「やめろ! イチさんと痴話喧嘩なんかしていいのは俺だけだ!」 「弟、お前の痴話喧嘩は彼女とやれ」  佐藤弟には3年付き合ってる彼女がいる。 「オンナといえばさぁ」  田中が山田を見た。 「1階のオネーチャンいなくなったのか? なんか最近、シャッター閉まりっぱなしじゃねぇ?」 「あー先月かな、引っ越してった」 「ふーん。あのコ、目の保養にだけはなってたのになぁ」 「あぁ、向こうが2階だったら階段のぼってるときに下から覗けたよなぁ」 「パンツはピンクだぜ」  言った山田を3人が見た。 「覗いたんじゃねぇよ、干してあったんだよ堂々と、恥じらいもなく」 「お前に恥じらいを説かれたくねぇと思うぜ、いくらあのねーちゃんでも」 「てか田中お前、妻子持ちが若いチャンネーのパンツ覗こうとか考えんじゃねーよ」 「それ言ったの俺じゃねぇよ山田、てかサイはいてもシはまだいねぇ」  去年、山田と佐藤の引っ越しと前後して、田中は1年ほど付き合った彼女とゴールインした。  同じ会社の、何期か下の秘書課だ。名前はユリア。正真正銘カタカナでユリアだ。北斗の拳マニアの親父さんが、娘をそれ以外の名前にするなら死んでやると騒いだらしい。  そのユリアが30歳までに子供を産みたい願望に取り憑かれてて、強引に結婚に漕ぎつけた……というのは田中の言だが、問題はそんなことじゃなく、引っ越し組のふたりは出費が嵩んで大ブーイングだった。  で、ともかくユリアは数ヶ月後には駆け込みの20代出産を控えていて、この週末は実家に行って留守とのことで、昨夜は佐藤と3人で呑んだくれた。弟は彼女とのデートで不参加だった。 「まだいねぇっつっても、もーすぐ産まれんじゃねぇか」 「いまだに信じらんねぇぜ、田中がオヤジになるんだもんなぁ」 「俺も叔父さんかぁ」 「お前は俺の弟じゃねぇだろ」 「てかさぁ」  ふいに弟が目を輝かせた。 「イチさん、じゃあ空いてんの? この下」 「いや、もう決まってるって大家が言ってたぜ」 「えー、なぁんだぁ」 「今度はどんなヤツだよ?」 「さぁ。聞いてねぇ」 「あーあ。イチさんの下とか隣に住めるなら俺もう実家出るのになぁ」  テーブルに頬杖をついて弟が溜息を吐く。 「隣なら空いてるぜ?」 「ねぇじゃん隣」 「お前は一生実家暮らしじゃねぇのか」 「結婚しろよ弟、そしたら嫌でも出るハメになるから」 「そうか、イチさん結婚してくれる?」 「あーヒマだなー」  山田が明後日の方向を見て大声を出した。  しばし静寂。 「やることねーし、みんなでバーチャル高原に出発しねぇ?」 「メシでも食い行くか」

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