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第11話
ー第10話からの続きー
収録を終え、楽屋へ優也が足早に戻ってくる。
優也自身でもその時には気づいていなかったが、青葉を追い詰めることに思いのほか優也は興奮し、収録中も感情の昂りがなかなか収まらなかった。優也は早く青葉を連れ出して家に帰りたかった。
優也は楽屋に入るとすぐに再び鍵をかけ、室内に入り、青葉の様子を確認する。
青葉はテーブルからずり落ち、どうにか頭だけをテーブルにのせている状態だった。そして、優也の言いつけを守りつつも捌け口を求めるかのように、切なげに腰を前後に振り続けていた。陰茎もまだそそり立ったまま。微かに上擦ったような声を喉から鳴らしている。
快楽に全身を侵されて卑猥な姿を見せる青葉に興奮しつつも、早く帰りたい優也にとって、青葉が気絶していないことは一安心出来ることだった。
青葉の背後に座ると、優也はバイブレーションのスイッチを全て切った。それに合わせるように青葉の腰の揺れも止まる。しかし、全身は微かに震え続けている。胸は大きく前後し、呼吸も荒い。
「青葉さん、気持ち良かったですか?」
優也の問いかけに青葉は声に出して反応することはない。ただ、臀部を撫でるとビクビクと震える。優也は青葉の臀部を押し開くとアナルプラグを持つ。
「青葉さん、まだイッちゃダメですよ」
優也はアナルプラグをゆっくりと引き抜く。長くプラグが差し込まれていたため、肛門括約筋は麻痺し、完全に閉じることはなかった。小さな空洞は寂しげに蠢き続ける。
優也は指を差し込み、アナルビーズをゆっくりと探す。内部で指を動かすたびに敏感に反応し、青葉の臀部が震える。アナルビーズの紐を見つけると、優也は輪の部分に指をかけ、少しずつ引き出し始めた。アナルビーズが出口に向かって動くたびに内部は刺激され、また快感が生まれる。青葉の臀部は震え、呼吸が早くなっていく。
球体を吐き出そうと肛門が大きく開き始め、ゆっくりと球体1つめが姿を現した時、まるで産卵するかのように、全ての球体がまとめて一気に押し出されてきた。腸液にまみれたアナルビーズはテラテラと光り、鈍い音を立てて畳に落ちた。
同時に、複数の球体によって前立腺を強く刺激された青葉の体はビクビクと大きく震え、そして、上擦った声を上げた。陰茎も揺れる。しかし青葉は達することはなかった。腰は物欲しげに揺れ続け、異物を全て吐き出した肛門はぽっかりと穴が開き、刺激が足りないと言わんばかりに伸縮を繰り返す。
「本当、いやらしいなあ。」
優也は笑いながら青葉の両肩を持つと、自分の腕の中に引き寄せて抱きしめた。青葉は全身が性感帯になったかのように敏感で、突然触れられたことに驚き、ビクビクと全身が震える。
優也はそんな青葉が愛おしくてたまらず、何度も全身を撫でてしまう。その度に青葉は体をよじらせ、手ぬぐい越しに嬌声を上げる。
思っていた以上に快楽へと溺れた青葉を見て、優也自身も興奮が高まっていくことを自覚していた。しかし、このまま楽屋で最後までやるわけにはいかなかった。優也は早く帰れる算段をし始めた。
「今からリング外しますけど、気絶しないでくださいね」
青葉は小さく頷く。優也は青葉の腕と上半身を一括りに抱きしめると、片手で青葉の口を塞ぎながら、もう片手でペニスリングを外し、陰茎を刺激した。途端、青葉は何度も背を反らし、小刻みに何度も腰を震わせて果てた。やがて、全身の力が抜けたかのように、優也にもたれかかる。
優也は青葉の髪を優しく撫でると、青葉の口を塞いでいた手ぬぐいを引き抜く。青葉は荒い息を繰り返していた。
「ゆう…や…もう…」
「喘ぎっぱなしだったから、喉、渇いたでしょう?」
優也はペットボトルを手繰り寄せると、口移しで青葉に水を飲ませる。青葉は躊躇いもなく、まるで一滴も残さないよう唇を添わせ、飲み干した。そのまま青葉は優也の舌を舐め、絡ませようとする。
しかし、優也は青葉の顎を持つと、引き剥がして抑止した。
「随分と出来上がっているみたいですね。…後は家で楽しみましょうよ。」
「優也…早く…」
青葉は口を半開きにし、うわ言のように優也を求め続ける。腰も微かに揺れ続けていた。優也は含み笑いをしつつ、後ろ手に縛っていた手ぬぐい、視界を奪っていた手ぬぐいを解いた。
自由になった途端、躊躇いもなく青葉は優也に抱きつく。熱に浮かされたように青葉の顔は紅潮し、目は潤み、そして熱い吐息が漏れていた。
「優也…優也が…欲しい…」
優也の帰りを待ち続ける間、一つになることばかりを考えていた青葉には羞恥心のカケラもなかった。自ら進んで優也と唇を重ね、何度も唇を甘噛みし、舌を差し込むと何度も優也の舌を舐める。
いまだに優也の肛門は緩々と口を開け続け、下半身には空虚感しかなく、早く優也で満たされたかった。必死に"おねだり"をし続ける。
青葉は我慢しきれず、手が自然と優也の下半身に向かっていたが、優也は青葉の手を絡み取る。
「今、気持ち良さそうにイったじゃないですか。ほら、帰りましょう。
…家でもっといじめてあげますから。」
優也としても興奮と焦りを感じていたが、そのためには早く家に帰りたかった。優也は冷静に返し、あやすように青葉の背中を軽く数度叩く。そして、手身近な物からまとめてバッグに放り込み出した。
しかし、気持ちが急く青葉は止まらない。
「…道具じゃなくてっ!…優也じゃないとダメなんだっ!」
青葉は優也の胸に縋り付いた。目に涙を浮かべ、全身を震わせる。
優也はその言葉が耳に入った瞬間、衝動的に青葉をきつく抱きしめていた。微かに唇を震わせ、耳元で囁く。
「…俺のこと、これからも必要?」
青葉は何度も首を縦に振る。そんな青葉を見た優也は我慢できず、青葉の顎を持つと唇を重ねた。青葉は喉を鳴らして喜ぶ。2人できつく抱きしめ合い、舌を深く絡め、快楽を貪り合う。
しかし、優也が青葉を押し倒そうとした時、廊下から笑い声と足音が響いてきた。優也は我に返り、慌てて顔を上げた。自嘲気味に笑う。
「ダメだ。止まらなかったなぁ…。」
もう既に優也の興奮も家まで保ちそうになかった。軽くため息をつくと携帯電話を取り出した。
「近くのホテルに行きましょう。」
優也はいつも利用しているホテルへと電話しながら、困惑している青葉の顔を優しく撫でた。
「ホテルはすぐ近くですから少しだけ我慢してください。
…大丈夫ですよ、そう簡単に青葉さんのこと寝かせませんから。」
青葉は僅かに頷き、ようやく身支度を始めた。
取るものもとりあえず、2人は身支度するとテレビ局を後にした。
結局、優也の常宿は満室で入れず、近くの古びたビジネスホテルへと入った。
部屋に入るとすぐにベッドへ直行し、2人はリビドーに突き動かされるまま体を重ねた。
久しぶりのせいか、優也は青葉を貪欲に激しく求め続け、青葉も欲望の忠実な下僕になり、応え続けた。
いつまでも続くかのように思えた時間の後、2人とも絶頂を迎える。優也は青葉を抱きしめ何度も口付けを落とし、青葉も受け入れた。おもむろに優也は起き上がる。
「ちょっとタバコ吸っていいですか?」
青葉は黙って頷く。
まだ夕方だったが、室内はカーテンで閉め切られ、灯りはバスルームから漏れる光と非常灯のみで薄暗かった。2つあるベッドの1つに全ての荷物を投げ出され、2人の衣服は床に投げ捨てられている。
優也は薄暗い部屋の中、自分の荷物からタバコとライターを取り出すと、申し訳程度に窓際に置かれた小さな椅子に体育座りで座り、タバコを吸い始めた。薄暗い部屋にタバコの灯りが浮かび上がる。そして、外国製タバコの独特な匂いも広がり始めた。優也は窓のカーテンを開ける素ぶりはなく、ぼんやりと宙を眺め、燻らせている。
優也がタバコを吸い始めたことを確認すると、青葉は静かに起き上がり、自分の荷物から携帯電話を取り出した。2人きりの時に携帯電話を確認することを優也が嫌がることは知っていたが、テレビ局に入ってから一度も携帯電話を確認していなかった。携帯電話を見ると、やはり何件か着信が残っている。電話を掛け直そうか思い悩むが、携帯電話に関しては苦い思い出があった。優也に話すことは気が重く、青葉は躊躇ってしまう。
そんな時、ベッドに近づいてくる優也の声が響いてきた。
「もう1回、いいでしょ?」
青葉は慌てて携帯電話をサイドテーブルに置く。やはり優也には言えなかった。諦めてベッドへ戻ると、優也に背後から抱きしめられた。
「それはいいが…途中で気を失うかもしれない…」
優也と唇を重ねながら青葉は呟く。青葉は既に自分の体を重く感じ、体力的に最後まで意識を保てるか不安だった。青葉は己の老化を感じ、そして負い目を感じ、伏し目がちになる。
優也は微笑みながら再び唇を重ねた。まるで安心させるかのように。
「じゃあ、楽な体勢がいいですよね」
優也は青葉を四つん這いになるよう導き、青葉も素直に従う。優也が優しく臀部を撫で始めると、微かに青葉の体が震える。そのまま、青葉の肛門を指で刺激する。刺激する度に青葉の腰は僅かに揺れ、随分と緩くなった入口は早く入れて欲しいと言わんばかりに蠢いていた。優也は自身の陰茎を押し当てる。
「…青葉さん、言って?」
「…愛してる」
優也は含み笑いしつつ押し入れた。何度目か分からない快感が青葉の背筋を駆け上がり、堪らず上半身が突っ伏した。腰だけ突き出すような格好になる。優也は青葉を背後から包むように抱きしめると耳元で囁いた。
「もっと言って?」
「愛してる…優也…愛してる…」
優也は満足げに笑うと、ゆっくりと腰を動かし始めた。
以前、交換条件で「愛している」と青葉が口にして以来、優也は頻繁に「愛している」と青葉に言わせるようになっていた。
青葉はその行為が"刷り込み"目的だと分かっていたし、優也も青葉が"刷り込み"目的で言わされていると気付いていることを知っていた。それでも優也は青葉に「愛している」と言うように求め、自分を作り変えられているような不安を感じながらも青葉はその求めに応えていた。優也は荒い息を吐きながら、優也の首筋にゆっくりと舌を這わせる。
「青葉さん…もっと…さっきより…たくさん言って…」
「んっ…愛してる…気持ち…良い…愛してる…」
優也に背後から強く抱きしめられ、耳元で優也の熱い吐息を感じ、そして優也に激しく奥深くまで突かれる快楽に青葉は酔いしれる。
「愛している」と言っていれば、優也は青葉に快感を与え続けたし、青葉は不安を感じつつもその快感を本能的に求めてしまっていた。青葉の吐息も少しずつ早くなり、熱を帯びてくる。
「愛してる…もっと…優也…愛してる…」
「…ん…俺も…」
しかし、ただの交換条件のはずなのに、その言葉に感情は伴わないはずなのに、与えられる快楽を楽しみつつも、青葉の心の片隅ではザワザワと別の感情が逆立っていた。
そのことから目を背けるように、青葉は優也に身を委ね、まるで1つになって快楽を共有しているような感覚に酔いしれる。
そんな中、サイドテーブルの携帯電話が明るく光る。着信を意味していた。そのことに優也がめざとく気づいた。
「青葉さん…携帯…見ていました?」
青葉は一瞬にして現実に引き戻された。唾を飲み込む。
「仕事の電話…があったから」
「そう、ですか」
優也は腰を打ちつけながら、サイドテーブルから携帯電話を乱暴に取ると、青葉の目の前に置いた。
「…電話…出て…ください」
優也の声には苛立ちが含まれていた。青葉は眉間にしわを寄せ、首を横に振る。
「後で…折り返す…から…大丈夫だ」
一瞬の沈黙が流れる。それは優也が納得していないことを示していた。
優也は青葉を背後から抱きしめたまま、全体重をかけるように青葉の上半身をベッドへ強く押し付けた。そして、耳元で囁く。
「電話に出ないと…不自然…かもしれないですよね。出て…ください。」
熱い息を吐きながらも、優也の声のトーンはどんどん低くなる。苛立ちが増していることに青葉は気づいた。
電話に出ることが得策とは思えず、しかし言い訳も思いつかず、青葉はベッドに顔を埋め必死に首を横に振る。
しかし、優也は認めなかった。青葉の首下に手を強引に差し込むと、そのまま顎を掴み、力任せに上へと押しやる。埋めていた青葉の顔は露わになり、目の前にはシーツの上で点灯し続ける携帯電話があった。青葉は携帯電話を取り出したことを後悔し、そして、いつものように諦めた。
「…優也…ゆっくり…動いて…くれないか」
青葉の求めに応じ、優也の腰の動きは緩慢となる。
青葉は渋々、携帯電話に手を伸ばしたが、突然、優也が青葉の手を振り払った。青葉の代わりに「応答」ボタンを押し、スピーカーモードへと変更する。
そして、青葉の手を引き寄せると、会話全てを確認すると言いたげに鋭い視線を青葉に向けた。
「師匠?」
電話の相手は弟子の吉伍だった。青葉が高座に上がる際など、吉伍が寄席周りを担当していた。そのため、今後のスケジュールなどの確認の電話だった。優也の視線を感じつつ、青葉は吉伍から聞かれること一つ一つを差配をし、指示する。出来る限り事務的に。
相手が弟弟子だからか、やがて優也の視線は柔らかくなる。
そして青葉を抱きしめたまま、腰の動きを少しずつ早め始めた。突然のことに驚き、青葉は声をあげそうになるが歯をくいしばる。そのまま諌めるように視線を送るが、優也は気にも留めない。
むしろ優也は意地悪そうに笑って見せると、青葉を抱きしめたまま手の位置を移動させ、青葉の乳首を指で転がし始めた。静止するよう優也の腕を青葉は慌てて握るが、優也の力の方が優っており止まらない。青葉は声を抑えながら電話を早く終わらせるしかなかった。
「…あぁっ、…それでっ、いい。あとは…吉伍に任せる、から。」
早く切り上げて電話を終わらせたかったが、なかなか終わらない。そして、優也から与えられる快感も止まらない。
優也は腰をピストンさせながら、青葉の乳首を弄んでいたが、面白がるように青葉の首筋に何度も口付けを落とし、音をたてないようゆっくりと舌を這わせていた。
気を抜くと、青葉は上擦った声を出してしまいそうだった。耐えるしかなかった。
青葉は流れる時間を長く感じつつも、やがて会話の終わりが見えてきた。どうにか吉伍に気づかれることなく電話が終わりそうだった。
もう少しで終わる。そう青葉が安堵した時、優也は青葉の顔を強引に持ち上げて振り向かせると優しく唇を重ねた。青葉は目を見開いて驚き、反射的に顔を背けるが、優也は再び顔を振り向かせて唇を重ねる。音が出ないように、唇をゆっくりと何度も重ね、甘噛みだけをし続ける。
唇を重ねている間も、優也の瞳は青葉の瞳を捉えて離さない。強い意思と熱情を秘めつつ、全てを見透かしているような、支配者のような優也の眼差し。唇の感触の心地良さに加え、優也の眼差しに魅入られた青葉は、あっという間に理性が追いやられる。無意識に口を半開きにし、順応してしまっていた。優也に合わせるように、優也を求めるように、自らも唇を動かす。
しかし、甘い快感はあるが刺激が足りない。音を立てないためだと分かりつつも、青葉の中で焦燥感が募る。足りない。もっと欲しかった。
「…師匠?どうしました?」
突然、返答しなくなった青葉を心配する声で、青葉は引き戻される。しかし、優也との口付けを止めることも優也から視線を外すこともできなかった。優也と視線を絡ませ、口付けをする合間に言葉を紡ぐ。
「…ん…なんでも…ない。…明日…また…連絡…する…」
そう青葉が言い終わると同時に、優也は携帯電話の通話を切り、隣のベッドへ投げやる。そして、優也は僅かに唇を離すと、青葉の髪を優しく撫でた。
「…青葉さん、言って?」
「…愛してる!…愛してるから!」
焦燥感が募る青葉はもっと深い口付けが欲しくて仕方なかった。口を半開きにし、舌を差し出す。優也は笑うと再び唇を重ねる。そして、舌を差し入れた。青葉は体を震わせて喜び、貪欲に優也と舌を絡ませた。
しかし、それも束の間だった。優也は唇を離し、青葉を抱きしめていた両腕を解く。肘をついて上半身をやや持ち上げ、青葉を見下ろした。青葉はまだ物足りなさそうな顔で優也を見上げている。
「…優也?」
青葉の問いかけにも優也の表情は変わらない。優也は腰をゆるゆるとピストンさせつつも、ゆっくりと青葉の背筋を撫で始める。
「そういえば、吉伍に聞いたけど…青葉さん、どうして俺に隠し事するんですか?」
優也が嘘や隠し事を嫌うことを青葉は知っていた。無条件に青葉の体が一瞬震え、そして優也が何のことを指しているのか、思考をフル回転する。しかし、思い当たることがない。
優也は構うことなく、言葉を続ける。
「女将さん、実家に帰ってますよね?家業が大変みたいで。」
青葉は一気に現実に引き戻された。緊張が走る。しかし、青葉には意図的に隠している認識は無かった。正確に言うと、ここ1週間は優也と連絡が取れない不安の方が強かった。
「隠していたわけじゃない…本当だ」
下手に言い訳することは逆効果だと分かっていた青葉は弁解をしなかった。優也は溜息をつく。
「…まぁ、いいですよ。それで、青葉さん、今は一人暮らしでしょう?
女将さんが帰ってくるまで、一緒に暮らしましょうよ」
青葉は驚き、目を見開いて優也を見上げた。優也は薄く笑う。
「青葉さん、一人だと何もできないでしょう?家事なんて、まともにやったことないだろうし。」
「…いや、…優也の…迷惑に…なるから…」
青葉は反射的に断っていた。一緒に暮らしてしまえば、本当に後戻りできなくなる。止め処なく流されて、快楽に溺れてしまう。青葉に残されていた理性がダメだと叫び続けていた。しかし優也の意思は揺るがない。
「迷惑?どうして?俺、毎日、青葉さんのこと抱けるなら嬉しくて仕方ないですよ?」
優也は両手を使い、青葉の全身を撫で始めた。腕や足、背中、胸、触れるたびに青葉の体は反応して、微かに震える。
優也は青葉の耳元へ口を寄せる。
「青葉さんだって嬉しいでしょ?
今日はいつものホテルじゃなくて、壁が薄いホテルだから出来ないけど。
毎日、いじめてあげますから、
毎日、俺の名前を呼んで泣き叫べばいいし、
毎日、気絶するように寝ればいい。」
優也はクスクスと笑う。対照的に青葉の呼吸は早くなり、視点が定まらなくなる。何か断る理由を作らなければ、と焦る。しかし言葉が見つからない。出ない。
そんな青葉を見透かすように優也は話し続ける。
「青葉さん、他の言い訳は?言ってくださいよ、全部潰してあげますから」
青葉の耳元で優也は変わらず笑う。"下手な言い訳"しか思いつかない青葉は何も言えずに険しい顔をしかできなかった。
無意識に青葉の手は伸び、ベッドのマットレスの縁を掴んでいた。這い出ることなんて出来ないのに優也の体の下から脱け出ようとしていた。優也は笑顔のまま、マットレスを掴む青葉の手を強引に引き戻し、ベッドに押し付けた。
「逃げちゃダメですよ。…大体、青葉さんが俺から逃げられるわけないでしょ」
笑顔とは裏腹に、優也の声は絶対的支配者のように冷たい。そして優也にいつも流されている青葉は何も反論が出来ない。下唇を強く噛む。
そして、ただ純粋に「嫌だ」と優也に言えない自分に青葉は絶望していた。心の何処かで一緒に暮らすことに対して期待している自分がいることを自覚せざるを得なかった。
青葉は行き場のない感情を吐き出すかのように、自然とベッドに爪を立てていた。シーツが青葉の指に絡む。
青葉が何も言わない、それはつまり受諾だと受け取った優也は上機嫌で話し続ける。
「明日はまず青葉さんの家に寄ってから俺の家に行きましょう。
最低限必要な落語関係のものだけ、着物などを運べばいいし。
…他のものは全部、俺が買いますから。俺が青葉さんに似合うものを選びます」
一緒に暮らすことへの現実味が増すほどに、全てを優也に管理され、流され続ける不安も増し、青葉の体の震えは止まらない。快楽に飲み込まれる不安と期待が入り混じり、ただ未来が怖かった。目に涙が溢れる。
対照的に、上機嫌なままの優也は青葉の髪を優しく撫でる。
「青葉さん、何か言ってくださいよ。」
追い詰めるかのように、全身を撫で上げる優也の両手は強く、そしてせわしなく動き始め、青葉を突き上げるスピードを上げた。青葉は堪らず蹲るようにベッドへ顔を伏せる。
そんな青葉をさらに追い詰めるかのように、優也は青葉の上半身を強引に抱き上げた。そのまま乳首を指先で転がしては押しつぶし、耳朶を舌先で転がす様に舐める。
「…青葉さん、言って?」
「…愛…してる…」
青葉はもう何も考えたくなかった。震える声で優也を求めた。再び目に涙が溢れる。優也は口元を緩ませた。
「俺も愛していますよ」
優也は青葉の顎を持ち、振り向かせると唇を重ねた。青葉は一瞬の躊躇いのあと、従順に受け入れ、優也の望むままに舌を差し出す。
舌を舐め合い、優也の唾液を飲み込むたびに青葉は頭の芯が熱くなり何も考えられなくなる。唇を重ねたまま、優也の腰の動きもどんどん早くなり、突き上げられる快感に青葉は理性を手放し、溺れていった。
2人は共に愉悦を楽しみ、やがて絶頂を迎える。
青葉は意識を手放すことは無かったが、重い体を引きずってシャワーをどうにか浴びるとすぐに眠りについてしまった。
それから数時間後、青葉は目覚める。薄暗い部屋、いつもより小さいシングルベッドの上、優也の腕の中にいた。背後から優也の寝息、外から雨音が静かに響いてくる。
青葉の手の上には優也の手が重ね合わせられていた。青葉自身はまだ若いつもりだが、こうやって若々しい優也の手と見比べると、自分の手は細く、乾燥して血管は浮き出ており、皺も刻まれている。年相応なのだと痛感させられる。少し動かしただけでも身体に痛みが走ることもあり、嫌でも自分の"老い"を感じた。
静かにため息をつき、優也の手の甲に触れる。起こさないように優しく触れたつもりだった。しかし青葉を抱きしめていた優也の指が動いた。
「…青葉さん?」
「…起こして…すまない」
疲れが取れない青葉の声は消え入りそうなほど小さかった。優也は青葉の顔を覗き込むように抱き締める。
「トイレ?」
青葉は小さく首を横に振る
「喉乾いた?」
青葉は小さく首を縦に振る。
優也は起き上がり、ガサガサと物音を立てながら荷物からミネラルウオーターのペットボトルを取り出す。口に含むと、青葉の唇を優しく撫で、口移しで飲ませた。青葉は一瞬体が震えるが、咎める言葉を口にすることさえ肉体的にも精神的にも辛く、優也の行為を受け入れた。
優也は青葉の頬を撫でる。
「もっと?」
一瞬の躊躇いの後、青葉は小さく首を縦に振った。優也は微笑むと、再び口移しでミネラルウオーターを飲ませる。青葉が飲み込むたびに喉仏は小気味よく上下する。指は優也の腕に縋り付いていた。優也は黙って何度も繰り返す。
やがて一息つくかのように青葉は目を伏せた。
「…もう…いい…すまない」
優也は青葉の口端から漏れたミネラルウオーターを指で拭き取ると、再び横になり、青葉を背後から抱きしめた。そのまま掌を重ね合わせ、指を絡ませる。
「青葉さん、謝ってばかりですね」
「…すまない…本当に…」
疲れが蓄積されていた青葉に再び睡魔が訪れる。瞼はどんどん重くなり、もう少しで眠りの中へと落ちる時。
優也は独り言のように話し始めた。
「雨、降ってますね…
俺ね、雨が降るたびに、青葉さんに弟子入りした時を思い出しているんですよ。
…一目惚れして弟子入りしたってずっと言ってましたけど、実は半分嘘で。
雨宿りと暇つぶしのつもりで寄席に入って、青葉さんの落語を初めて見た時、綺麗だなぁって思いましたよ。
でも、実はその時、同時に"大嫌い"って思ったんです。
あぁきっとこの人は太陽の下しか歩いたことなくて日陰を知らないんだろうなって。」
突然始まった、優也の独白に青葉の眠気は飛んでいた。しかし相槌を打つことも言葉を挟むことも出来ない。息をひそめ、身体中を強張らせて優也の言葉に耳を傾け続けた。
「青葉さんのことが嫌いで、ムチャクチャにしてやろうって、壊してやろうと思って弟子入りしたんです。
…まぁちょうど家を出たかったということもあるんですけどね。
で、青葉さんが気づいていたかどうか分からないですけど、俺、結構、わざと大きい失敗を繰り返したんですよ。
落語に集中できないように。
でも、青葉さんはいっつも優しくて。何か失敗して迷惑かけても困ったように笑うばっかりで、
たまーに怒っても必ずフォローしてくれて。
俺がヤケになって輪をかけた失敗しても青葉さんは変わらなかった。
…そんな青葉さんに戸惑ってイラついて、でもだんだん嬉しくなって。
どんどん青葉さんのことが気になって仕方なくなりました。
…青葉さんのいない人生なんて考えられないって思うぐらい、
どんな手を使ってでも青葉さんのことが欲しくなったんですよ。」
優也はおもむろに青葉の体をきつく抱きしめ、深く息を吐く。
「俺、自分でも気づいているんですよ。
青葉さんの優しさに俺がつけ込んでいること。
俺だけを見て欲しいということもあるし、
…まぁ、その、青葉さんがいやらしい体していることもあるけど。
…青葉さんは俺だけにすごく優しいんだって、俺がどんなことしても全て受け入れてくれているんだって、
そう思い込みたくて、確認したくて、いじめている時がある。」
優也の声が微かに震えていた。
青葉は何か声をかけなければいけないと思うが、言葉が出ない。ただ、胸が張り裂けそうだった。
「…でも、だからかな。青葉さん、俺のこと、ずーっと子供扱いしますよね。
一人前だと認めて欲しくて、頑張って真打ちになったのに、変わんない。
時々心配してくれるのは嬉しいけど、いつでも、…今日だって子供扱いされて。
実際、俺自身がまだまだ未熟なのかもしれないけど、俺のこと、ちゃんと見てくれていない気がする。」
青葉は堪らず顔を両手で隠した。涙が溢れる。
いつも明るく笑う優也に甘えて、優也の気持ちにきちんと向き合おうとしなかった自分が腹立たしかった。
「…あー、話がずれちゃったな。
何が言いたいかって言うと、青葉さんにはもう少し自信を持って欲しいんです。
年齢差とか同性であることに青葉さんは引け目を感じているみたいですけど、俺は青葉さんが大好きです。
いっつも嫉妬して、独占したくて、虐めるぐらい。嫌なところなんてないですよ。
むしろ、"好き"だっていう気持ちに条件をつけるのおかしいでしょ。それは本当の"好き"じゃないと思う。
もう少し俺のことを信じて、自信持って欲しいです。
…というか、それが、俺のことを好きになってくれない原因だったら嫌ですし。」
青葉はとうとう我慢出来ず、声を上げて泣き出した。
「すまない…今まで悪かった…許してくれ…」
体を小さく丸め、思いつく限りの謝罪の言葉を口にする。
「…その…責めるつもりはなくて…謝らないでくださいよ」
優也は青葉は責めるつもりは毛頭なかった。いつも"いつか良い女性と結婚を"や"抱き心地が悪いだろう。飽きただろう。"と言うことをやめさせたかっただけだった。優也は弱り、青葉を抱きしめる。それ以外、何も思いつかなかった。
優也の腕の中、青葉は自責の念、懺悔の念に駆られていた。
坂道を転がり落ちるように肉体関係を持ったが、「肉体関係だけ」だとその状況に甘えて、快楽に溺れることに逃げたり、言い訳に利用していたこと。優也の気持ちにいつまでもはっきり答えを出さず曖昧にし続け、そのくせ「肉体関係だけ」のはずなのに、優也に普段から大切にされることが心地良くて受け入れていること。
もしかしたら全てが優也の思惑通りなのかもしれないが、肉体関係をはっきり断つことなく、流されて甘え続ける自分が青葉は情けなかった。優也の気持ちに加えて自分の気持ちにも今まで向き合おうとしなかったことへの後悔の念も溢れる。
…優也ときちんと向き合って話さないといけない。
そう決意し、青葉は落ち着きを取り戻す。優也の腕の中で体を反転し、青葉は優也と向き合った。
何か腹を括ったような、吹っ切れたような表情を見せる青葉に、優也は内心驚く。抱きしめていた腕に自然と力がこもった。
「自分の都合の良いように、いつまでも私は優也に甘えていたんだな。本当にすまない。悪かった。」
「それを言うなら、俺も青葉さんに甘えているから、お互い様だと思いますよ…」
優也はこの状況を取り繕う言葉を懸命に探していた。どんな心境の変化があったか分からないが、万が一にも青葉から「この関係をやめたい」と言われることになったら、優也は精神を正常を保てそうになかった。気が狂ってしまう。
そんな優也の心情を知ることもないまま青葉は微笑む。
「そうかもしれないな。…ただ、優也を子供扱いしているつもりは無いんだ。
優也のことが大事で…。きっと誰よりも大事だから守りたくなるんだ。
…それが子供扱いのようになってしまうのだろうが。」
優也は驚き、青葉の顔を覗き込む。
「…青葉さん、俺のこと"誰よりも大事"なんですか?」
青葉は躊躇いがちに頷く。
「…この1週間だって、本当に心配だったんだ。
電話しても出ないし、事故か何かあったんじゃないかと不安だった。
家にも確認しに行きたかったが、以前のことがあるから行けなくて…。
それで…、恥ずかしいからあまり言いたくなかったのだが…
高座でも落語に身が入らなくて、上の空になる瞬間があった…
…ずっと…優也のことばかり考えていた。」
優也は飛び起きる。青葉の体に跨ると、青葉の表情を少しでもより確認しようと覗き込む。
「ちょっと、待ってくださいよ…本当に高座でも?」
青葉が落語を何よりも大事にしていることを優也は知っていたので信じられない。冗談ではない、ということを確認したかった。
青葉は黙って頷く。
落語と同等、もしくはそれ以上に大事にされている、それは優也にとって大きな意味があった。この瞬間を逃すわけにはいかなかった。優也の鼓動は激しくなり、呼吸も早くなる。
まるでこれから祈りをあげるかのように、優也は震える両手で青葉の手を掴みあげた。薄暗い中、カーテンの隙間から差し込む街灯の光を頼りに青葉の瞳を真っ直ぐに見る。
「青葉さん、俺と付き合ってください」
2度目の告白だった。両手と同じく、優也の声も震える。
一瞬の沈黙が流れ、優也は緊張や不安に襲われるが、それでも優也は青葉から目を離すことが出来ない。唾を飲み込む。
青葉も優也から目を離すことはなかった。そして、躊躇いがちに頷いた。
途端に優也は緊張感から解放され、そして今までの様々なことが蘇り、放心したかのように腰を落とした。
「…優也?」
座り込む優也を心配し、青葉は起き上がろうとした。しかし、体が重く、なかなか起き上がれない。
そんな青葉を見て、優也は我に返る。嬉しさがこみ上げる。笑顔が顔に浮かぶ。
青葉を力強く抱きしめ、肩に顔を埋めた。優也の全身は震えている。
「俺、本当に嬉しいです…すごく嬉しい
…幸せってこういうこというのかな。
…俺、もっともっと青葉さんのこと大事にしますから、青葉さんももっと俺のことだけ見てください」
優也はひどく興奮し、勢いのまま一方的に話し続けた。青葉はそんな優也を困ったような笑顔で見守りつつ、躊躇いがちに優也の背中に手を回す。
「…あぁ。ちゃんと、妻と別れるから」
青葉はそれが正しいことだと思っていたし、優也も喜ぶと思っていた。
しかし、その言葉を聞いた瞬間に優也は動きを止めた。
「…あぁ、…それは…まだ…しなくていいと思います」
明らかに優也の声のトーンが低くなっていた。青葉からすれば不可解だった。
「なぜだ?」
一瞬の間を置き、優也は青葉の肩から顔を持ち上げる。いつもどおりの優也がいた。明るく笑顔で話す。
「一緒に暮らしみたら、もしかしたら合わないところが見つかるかもしれないじゃないですか。
それに、女将さんも今大変で、それどころじゃないでしょう?
…まだ、俺の試用期間ってことにしましょうよ」
確かに、一緒に暮らしたらどちらか片方、もしくは2人とも熱が下がる可能性は青葉も否定できなかった。また、実家の手伝いで忙しい妻とちゃんと話す時間を作るにも時間がかかりそうだった。青葉は躊躇いがちに頷く。
優也は安堵の溜息をつくと、優しく青葉の唇を撫でた。
「キスだけ。キスだけ、いいでしょ?」
青葉は僅かに微笑みながら頷いた。優也は満面の笑顔を見せる。
「今日も雨かぁ。…俺たち、雨に縁がありますね。」
「…そうだな」
笑顔のまま、2人は唇を重ねた。
終わりがないような、いつまでも続くのではないかと錯覚するような甘く痺れる時間。
ただ雨音だけが2人を包みこんでいた。
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