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第110話 目覚め
その日の朝、僕は佐々木先輩の腕の中で目覚めた。
目が覚めると、僕の直ぐ目の前に、
先輩の眠る顔があった。
僕は朝起きたばかりの、
まだボーッとする頭で先輩の顔を
ジッと見つめていた。
スポーツ選手特有の短く刈った黒髪と、
眠っていてもシャープな先輩の目元、
ハッキリとした鼻梁の形と
夢を見ているのか少しフニャフニャとした唇。
昨夜はこの唇で……
そう思って先輩の唇を
そっと指でなぞった。
先輩は少しくすぐったかったのか、
唇をピクピクと動かして
口の端を笑ったように上げると、
そっと僕の指にキスをした。
恐らくまだ、寝ぼけているのだろう。
昨夜はただ抱き合って眠っただけだったけど、
今までにないくらい先輩とはいっぱいキスをした。
キスだけで僕が一杯一杯で
目を回してしまったけど、
先輩は更に僕にとって特別な人となった。
窓から入ってくる朝日は眩しくて、
耳を凝らすと、静かに波の音が聞こえた。
数日前、図書館から帰る途中、
いきなり決めてしまった先輩との旅行。
僕たちは夏休みの最後として
東京から少し離れた海へ来た。
先輩と一緒に海岸沿いを歩いて、
波打ち際で裸足になって、
打ち寄せては引いていく波を感じた。
波が引くたびに、
僕の足元から砂が崩れ去り、
目を閉じてジッと立っていると、
海の中に引き込まれそうな感覚に陥って怖くなった。
そんな僕を先輩は、
隣でずっと手を握って付いていてくれた。
この海岸にはあまり人が来ないらしく、
来ても、地元民とか、帰省して来た人達、
または偶然この場所を見つけた人達だけらしかった。
その為、ここは、夏も終わるこの季節には、
小さなプライベートビーチと化していた。
僕は殆どビーチには来たことが無かったので、
プライベートビーチと化したこのビーチを、
とても楽しんだ。
ビーチの周りには緑もあって、
その周辺には歩けそうな岩場もあった。
岩場へ行くと、
カニやヤドカリが忙しそうに動いていて、
僕は子供の様にはしゃいでカニを追いかけた。
その後ろで先輩は
愛おしそうに僕を見守っていてくれた。
旅館に人の話によると、
岩場の奥の方に空洞が有るらしかったので、
行ってみることにした。
満潮だと、そこにも海水が入ってくるそうだったけど、
その時はちょうど干潮で、空洞まで歩いて行くことができた。
岩場は滑りやすく、僕が一度滑って手をすりむいてしまったので、
先輩がずっと手を引いていてくれた。
空洞は直ぐに見つかった。
奥に入っていくと、小さな祠があって、
祠の周りには明かりが灯してあった。
祠の周りには、満潮になっても、
海水は届かない様で、
湿気がある割には、
ほころびたところも無く、
しっかりと祀ってあった。
祠をよく見ると、
その横に説明書きがしてあり、
海で事故などが起きない様に
祀られている祠だった。
恋愛には関係なかったけど、
僕は先輩との事を
祈らずにはいられなかった。
何もお供えするものがなかったので、
ポケットを探った時に入っていた
アメと100円玉をお供えした。
そして、海での安全を祈った後で、
先輩とずっと一緒にいられる様に祈った。
そして矢野先輩にも幸せが訪れて、
彼だけの唯一無二の人が現れる様に祈った。
顔をあげると、先輩も隣で祈っていて、
「何を願ったんだ?」
と僕に聞いて来た。
「先輩は何を願ったんですか?」
僕が尋ね返すと、
先輩は少し照れたようにして、
僕を見つめて、
「……お前との永遠の愛を……」
そう言って先輩の顔が近づいて来て、
僕の唇と重なった。
目の前の祠と、二人だけの世界、
そこに僕と向かい合う先輩を前に、
僕の感情は感極まった。
そして自然に僕の口から
言葉が溢れ出していた。
「先輩…… 愛しています……
色々あったけど、
本当に心から先輩の事を愛しています。
僕の心は永遠に先輩のものです。
僕はここに誓います。
赤城要は永遠に佐々木裕也を愛します」
自分で言って、自分のセリフに驚いた。
先輩も驚いていたけど、直ぐに
先輩も僕の瞳をみつめて先輩の愛を返してくれた。
「……佐々木裕也も永遠に赤城要を愛します……」
そして先輩は僕の手を取り、左手薬指にキスをした。
だから僕も同じように返した。
そして僕達は暫くお互いを見つめ合った後、
もう一度キスをした。
それは僕たちにとって、
とても敬虔で神聖な出来事だった。
「指輪、持って来てたらよかったな。
でも、海の神様も
俺たちに永遠の愛を誓われて
今頃は困っているだろうな」
先輩はそう言って笑ったけど、
僕はもし将来、なにがあっても、
この日のことは絶対に忘れないと自分自身に誓った。
旅館に戻り窓を開けると、
潮の匂いがした。
昼間はまだ暑い日が続いているけど、
早朝や夜は大分涼しくなってきている。
僕は窓際に立って
海に反射する月の明かりを眺めていた。
昨夜は月がとても綺麗だった。
恐らく何らかの引力が働いていたのだろう。
それはとても情景で
僕は泣きそうなくらいに
感情が高ぶっていた。
そんな僕の後ろに先輩が近づいて来たかと思うと、
後ろから僕に抱きつき、
「約束してくれ。
今日、祠で誓った言葉を。
俺から絶対離れないでくれ」
そう言って、僕の首筋にキスをした。
僕の全身がゾワゾワとして、
先輩の方を振り向くと、
そのまま床に押し倒されて、
見つめられた。
そして、先輩の顔が近ずいてきたかと思った瞬間、
瞳にキスをされたので、僕は瞼を閉じた。
そして頬に、鼻先に、唇へとキスが進んできて、
僕が先輩を見上げると、
先輩は苦しそうな顔をして微笑み、
僕の額に手を伸ばして、僕の前髪を少しかき上げた。
そして僕の耳に唇をあてると、
「要が欲しい。
要の全てを俺のものにしたい」
そう耳元で囁いた。
僕は先輩の後ろに輝く月を、
先輩に耳元で囁かれながら、
夢幻の様に見つめていた。
月はただ、ただ、恐ろしいほどに
光を放ち、僕達の事を見守っていた。
先輩の指が僕の頬をなぞり、
首元まで降りてくると、
もう自分自身の感覚さえも分からなくなった。
僕の体が先輩と一体化した様に、
どんどん開いていくのがわかった。
不思議な事に、
恐ろしさは全然なかった。
でも僕の感情はまだ未熟で、
限界に達していたらしく、
瞳を閉じた瞬間、
僕は僕自身の感情に押しつぶされて、
まるで気絶するかの様に
そのまま深い眠りに落ちていった。
先輩がすごく好きだ。
僕達にもいつかその日は来ると思う。
僕にその覚悟があるのかは、
まだ分からないけど、
一つ一つ先輩に触れるたびに、
僕たちの運命の番としての絆が
どんどん繋がっていっている気がする。
その先にある感情や欲情も、
その時がきたら全て僕の内側から
曝け出してしまうだろう。
そしてその時は、
もう僕らを阻めるものは何も無いだろう。
それがいつになるかは分からないけど、
僕の体に感情が追いついた時、
それは自然と訪れるだろう。
先輩の寝顔を眺めながら
自分の感情を思うままに感じていると、
先輩がうすらぼんやりと目を開けて、
「おはよう」
と言って、僕にニコリと微笑んだ。
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