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第135話 2年生

矢野先輩が去った後、 佐々木先輩と、矢野先輩について話はしたものの、 僕は精神的にボロボロで、 毎日のように佐々木先輩に電話をした。 佐々木先輩も、僕に何も告げずに、 いなくなっていたらと思うと、 怖くて怖くて夜も眠れない日が暫く続いた。 目を閉じると、怖い妄想ばかりが空回りして、 もしかしたら明日には、 佐々木先輩の携帯も解約されているかもしれない…… ラインも繋がらないかもしれない…… 僕の知らない所に居るかもしれない…… 僕の行けない所に行っているかもしれない…… そう言う思いがグルグルとしていた。 毎朝先輩に電話をしては、 ちゃんと先輩と繋がっている事を確認しては安堵して、 後にはそれだけでは足りず、 段々と先輩の顔を見ないとパニックを起こしてしまいそうだったので、 無理を言っては佐々木先輩と毎日のように会っていた。 そう言う中、佐々木先輩が僕を海へ連れ出してくれた。 その日は小春日和で、 涼しいそよ風が吹きながらも、 ポカポカとしたお日様が照っていた。 春の海にはもちろん海水浴客などいない。 恐らく、気分転換に連れてきてくれたんだと思うけど、 僕の心はそこまで晴れていなかった。 先輩は僕の手を引いて、 防提の先に歩いて行くと、 そこに腰かけた。 僕にも隣に座るように誘うと、静に海を見つめた。 僕が先輩の隣に腰を下ろすと、 「なあ、海って凄いと思わないか?」 とポツリと言った。 僕は先輩の方を向いて、 「え?」 と聞き返した。 「海ってさ、太古の昔から変わってないんだよな。 この地球の歴史を見てきてさ。 時には色んな事があったと思うんだよ。 地殻変動や、海底火山の噴火や、津波…… でもさ、見て見ろよ。 凄い穏やかじゃないか?」 僕は海に目を移して遠くまで広がる海面を見た。 キラキラとしていて、打ち寄せて来る波が飛沫となって足元で飛び散った。 海を見ていると、不思議な気持ちになって来る。 不思議と心が穏やかになるのと同時に、切なくもなった。 「見ろよ」 そう言って先輩は水平線を指差した。 僕は先輩の指さす先を見た。 海は真っ青で、空にはうっすらと雲が広がっていた。 先輩が言った様に海はとても穏やかで、 太古に色んな事を経験した海とは思えないくらい静かだった。 「あの地平線の向こうにちゃんと浩二はいるから」 先輩のそのセリフにドクッとして涙が流れ始めた。 そして僕は地平線を見つめたまま唇を噛みしめた。 「今、要の心はこの海がかつて経験した様に荒れ狂ってるかもしれないけど、 必ず、こういった穏やかな時はやって来る。 泣いても良いんだ。 叫んでも良いんだ。 俺が全力で受け止めるから、お前は何も心配せずに俺に身を任せろ。 お前は一人じゃない。 俺がここに居る事を忘れるな。 俺が、お前を愛している事を忘れるな!」 僕は佐々木先輩にしがみ付いて、 大声で泣いた。 暫く泣いて泣ききった後、佐々木先輩の方を見て、 「僕、矢野先輩の事は殆ど受け入れているんです。 問題は佐々木先輩なんです! いえ、全然先輩のせいじゃ無いんですけど…… でも…… 矢野先輩の様に、明日起きたら先輩が居なくなったらどうしようって…… 居場所さえも分からなくなったらどうしようって…… 先輩の携帯が解約されてたらどうしようって…… ラインもメッセージも通じなかったらどうしようって…… そればかり考えていたら怖くて、怖くて……」 と僕の心情を話した。 「あり得もしないことに怖がるんじゃない! 俺は決してお前のそばを離れないと約束しただろう!」 僕は佐々木先輩のそんなセリフを、 うん、うんと頷きながら聞いていた。 「先輩は僕の前から突然に消えないでくださいよ?」 「頼むよ、もっと俺を信じてくれ。 もし、俺がどこかに行かなければいけない時があれば、 必ずお前に伝える! 絶対一人でどこかに行ったりしない! まったく浩二の野郎、要にこんなトラウマ残しやがって!」 先輩のそのセリフが少しおかしくて、僕は海に向かってお決まりの、 「矢野先輩のバカヤロー! 僕にこんなトラウマ残しやがってー! 帰って来た時はおぼえてろよー!」 と叫んだ。 佐々木先輩は僕のそんな姿を目を細めて見ていた。 「先輩、ありがとうございました。 帰りましょう!」 そう言って僕は先輩に手を伸ばした。 今日は先輩が僕を連れ出してくれて良かった。 まだメンタルの波はあると思うけど、 僕は大丈夫という気持ちが芽生えた。 まだまだ一人になるのは怖いけど、 僕の心は穏やかな海とまでは行かなくても、 大分落ち着いていた。 僕達は海に一杯叫んだ後、家路につくことにした。 春休みは僕にとっては大変だったし、 佐々木先輩にとっても僕の我がままに付き合わされて ストレス?だったかもしれないけど、 春休みが終わる頃には、僕のメンタルは大分穏やかになっていた。 そうやって僕達の短い春休みは終わった。 新学期が始まる頃には僕も少し落ち着いて、 毎日先輩と会わずとも、大丈夫なようになって来た。 そして僕達は2年生になった。 新学期校門を潜った時、 ふっと自分の入学式を思い出して、 また目頭が熱くなったけど、 春休みに感じていた感情とは違った。 クラス替えは前から分かっていたけど、 青木君はスポーツ科に移り、クラスが分かれた。 奥野さんはそのまま普通科に残ったけど、 同じように普通科に残った僕とはクラスが離れた。 でも隣のクラスだったので、休み時間は割と行き来していた。 春休みが終わって直ぐに奥野さんが僕の教室を訪ねてきてくれた。 「ねえ、ねえ、矢野先輩、留学したそうだね?」 奥野さんが青い顔をしながら教室に入って来た。 「あ、奥野さん、おはようございます。 どうして矢野先輩が留学した事を……?」 「あ~ うん、今ちょっとちょと職員室に寄って来たんだけど、 先輩T大蹴ってアメリカへ留学したって言ってるのがチョット聞こえて…… 水臭いよね、私全然知らなくってさ、私達の仲なんだし、 教えてくれててもね~」 「……」 「え? もしかして、赤城君も知らなかったの?」 「矢野先輩、気付いたらもういませんでした!」 「そっか~、 赤城君にも言わなかったのか~ でも何故? 赤城君にも言わないなんて、おかしいよね? ねえ、赤城君に言って無いんだったら やぱっり情報は佐々木先輩から?」 僕はコクリと頷いた。 「そっか~ 佐々木先輩には言ってたのか~」 「でも誰にも居場所は分からないんです…… 佐々木先輩にも言って無いらしくって……」 「あちゃ~ そうだったのね~」 「僕、分かりません! 佐々木先輩が言うには、一人で頑張りたいからって! だから皆とは距離を置きたいって…… 普通、応援された方がもっと頑張れませんか?」 「う~ん、 そうだね~ 人によりけりだと思うけど、 矢野先輩って一癖も、二癖もあったからね~。 ねえ、私達に何も言わずに去ったのって…… 本当にそれだけが理由? 佐々木先輩他に何か言って無かった?」 「……」 僕はそこで言葉に詰まった。 「もしかして……矢野先輩、赤城君が好きだったとか?」 僕は奥野さんのその言葉にドキッとして彼女を見上げた。 「あ~ やっぱりか~」 「え? やっぱりって……?」 「あ、いや、他の人にはどうか分からないけど、 私的にはバレバレ? やっぱり佐々木先輩に遠慮したのかな~? 矢野先輩らしくないよね?」 「どうして奥野さんには分かったのですか? 僕、先輩にそれらしき態度取られていたから、 もしかしたらって思いはあったんですが、 確定的では無くて……」 「いやさ~ 先輩、明らかにおかしかったじゃない? 赤城君にはベタベタだし…… イヤ、これは前々からだったけど、 何ていうのかな? もと距離が近くなった? それが凄く不自然と言うか、あからさまと言うか…… と思えば、赤城君が佐々木先輩とくっついた後はこれ見よがしに 不特定多数の女の子とデートしてるし、 私さ、時々見たんだよ。 矢野先輩が赤城君を学校でストーカーやってるとこ……」 「え?」 「うん、知らないと思うけど、 私、良く矢野先輩に遭遇したって言うか、 見かけたんだよ、校内で。 1度だけだったらさ、偶然かな?で済んじゃったけど、 何度も、何度も遭遇するから、これ偶然じゃ無いわって…… で、声かけて見ようと思ったけど、 何だか隠れてコソコソしてるみたいでさ、 声掛けたらちょっとヤバいかな?って…… ちょっと観察してみようと思ったら、 先輩の先に居る人を見てるみたいで……」 「それが僕だったんですか?」 「そうなんだよね~ 赤城君付けまわして何してるんだろうって…… やっぱり気になってたんだろうねぇ~ 赤城君が佐々木先輩といるところなんかもう、 背中が哀愁背負ってるみたいでさ。 見てるこっちが切なくって……」 『あ~ だから矢野先輩って 僕のピンチに神出鬼没だったのかな?』 そう思うとちょっと心がくすぐったかった。 「うん、矢野先輩、佐々木先輩の手前、 赤城君には告白できなかったんだろうけど、 ずっと見守っていたんだよ。 陰になり日向になりね。 でも、矢野先輩が赤城君を離れるって決めたんだったら、 多分それは、赤城君にとって必要な事だったんだよ。 もちろん、矢野先輩にとってもね。 ほら、可愛い子には旅をさせろって言うじゃない! これも、矢野先輩からの愛のムチって思って成長しようよ! ま~ 赤城君が愚痴りたい時とか、 私、何時でも話聞くから、 遠慮せずに、何時でも言ってよ? 絶対だよ?」 僕は奥野さんの心がとても嬉しかった。 佐々木先輩が言った様に、先輩たちは去っても、 奥野さんと青木君がいるから、まだ救われる部分が本当にある。 僕は先輩たちの居なくなった校舎にもかかわらず、 奥野さんや青木君が変わらず接してくれる事に喜びを感じ、 これからの一年に思いを馳せて、 少しウキウキとした気持ちになった。

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