166 / 201

第166話 アルバム

『陽ちゃ~ん、こっちにおいで~ あ~ 凄い! 凄い! 歩くの上手になったね~』 陽一は1歳を迎える1週間前に歩き始めた。 今では歩き方も大分、様になって上手になってきた。 ポールの方へヨチヨチと歩いて行っては、 ボールに激突して、 ポールの顔をペタペタと触り、 鼻の先を噛むのが日課になっている。 「キャッキャ、 ダ~」 今日も何時ものようにバイトから帰って来ると、 ポールがデレデレとして陽一と遊んでいた。 最近は、フランス語を教えるためにと、 ポールはフランス語で陽一と会話をするようになった。 「ねえ、ポール~ トマトの缶詰めってまだあったよね?」 僕はキッチンに立って、今日の夕食を作っていた。 「あ、ちょっと待ってね、 上の方の棚に直したから取ってあげる」 そう言って、ポールがカウンターを回って キッチンの方へとやって来た。 ポールが見えなくなると、 途端に陽一が泣き出した。 『陽ちゃん、大丈夫だよ~ 僕はここだよ~ 直ぐに戻るからお利口にして待っててね~』 そうポールが話し掛けると、 陽一はポールの声のした方をみて、 ポールを見つけるなり追いかけて来た。 そしてポールの顔を見ると二パ~ッと大きく笑って、 両手をポールに向かって差し出した。 缶詰めを戸棚から取り出したポールは それをカウンターの上に乗せると、 陽一をヒョイッと抱き上げて、 肩に乗せた。 「要君、今の陽ちゃんの表情見た?!  陽ちゃん、僕の事パパだと思ってるよ! もう僕がパパで良いじゃ無~い」 「ポールしつこい! それだけはダメだって言ったでしょ! あくまでも、ポールは叔父さんね。 陽ちゃんにはちゃんとポール叔父さんだよ~って教えてよ!」 そう言って僕はカウンターの向こうから叫んだ。 そしてカウンターから遊ぶ二人の姿を眺めながら、 アデルの言った事を思い浮かべていた。 『多分、ポールには真剣に付き合ってた人が居たと思うよ。 強いて言えば、いつか番になろうと思っていたような人……』 その言葉が、あの日以来、僕の中で繰り返し、繰り返し響いていた。 初耳だ。 そんなそぶりは今まで一度だってしたことが無い。 高校生の頃だったって事は7、8年前? 何かあったんだろうか? 番にって思ってたんだったら 簡単に別れたりしないよね? なぜ今一緒に居ないんだろう? ポールの両親だったら知ってる? それとも僕の両親にそれとなく聞いてみようか? こっちにもよく訪ねてきてたみたいだし、 もしかしたら何か知ってるかも? でも僕みたいに秘密裏に付き合ってたって事も? いやいや、フランスでは第2次性間の問題は無いはずだ。 やっぱりアデルの思い過ごしだったのだろうか? 僕は気になって、気になって、仕方なかった。 もしあの時に別れていたんだったら、 もうかなりの年月が流れているから 今更かもしれないけど、 でも僕が経験したことを考えると、 何かあったのかもしれないと言う気持ちが逸って もしポールが今でもその時の事を引きずっているんだったら、 何とか力になりたいと思った。 僕はポールのおかげでとても精神的に助けられた。 また経済的にも、身体的にも助けられている。 直接ポールに聞いても白を切られるだろう。 ポールの実家へ行けば何か形跡が残っているかもしれない…… ポールのプライバシーを覗き見るようで、 彼には申し訳ないと思ったけど、何故か僕の経験と重なって、 ジッとしている事が出来なくなっていた。 だから僕は先ず、ポールの実家へ行き、 少しずつアルバムなどから調べ始めようと思った。 「あ、シャルロット叔母さん? 僕、カナメ!」 「あら~ どうしたの? ヨーイチは元気にしてる? 今度ヨーイチ連れて遊びにいらっしゃいよ!」 「はい! 是非! あ、でも今日はですね、 読もうと思ってた本が見つからなくてですね、 そっちに忘れてきた可能性があるから、 今度探しに行っても良いですか?って言うのを聞こうと思って……」 「あら、そんなの尋ねなくても、 いつでも訪ねてきていいのよ。 ここはフランスでのカナメの実家でもあるんだから! 何時でも遠慮せずにいらっしゃい!」 僕は心の中でヒ~嘘ついてごめんなさい~ と謝りながら、 「ありがとうございます! じゃあ、近いうちに!」 そう言って電話を切った。 え~っとポールのスケジュールは…… 今週末居ないな……よし! 今週末実行しよう! 僕は、あえてポールが出張している時を狙って 叔母さんの所へ顔を出すことにした。 「お~ カナメ! いらっしゃ~い。 ま~ ヨーイチも大きくなって!」 そう言ってシャルロット叔母さんは 陽一のほっぺにブチュ~っと大きなキスをした。 「シャルロット叔母さん、 この前会ったの2週間前だよ。 そんなに変わんないよ~」 「ホホホ、赤ちゃんなんて1日会わないと 随分変わるのよ」 と、少し大袈裟ではあるけれども、 引っ越したとはいえ、僕達は頻繁にここを訪れていた。 でもポール無しで来るのは今回が初めてだった。 「それで、見つからない本は見つかりそう?」 「あ、じゃあ、まずリビングの本棚から見つけても良いですか?」 そう尋ねて、リビングの本棚に入っている書物を一つ一つ丁寧に 辿って行った。 “あっ、アルバム見っけ~” 僕はわざとらしく、 「あっ、アルバム~ これ、見ても良いですか?」 と聞いてみた。 「あら~ 懐かしいわね~ アルバム持ってても、見ないものよね~ ポールの小さい時や学生時代のものがあるわよ~」 “え? 学生時代? それは見ないとダメでしょう!” そう思い僕はアルバムを手に取った。 幸いシャルロット叔母さんが陽一を見てくれてるので、 僕は僕のやらなければいけないことに 集中できた。 ページをめくっている時に、 僕は 「あっ!」 と声を上げた。 「何? どんな写真を見つけたの?」 そう言ってシャルロット叔母さんが覗き込んできた。 「あら、懐かしいわね~ こんな写真もあったのね~」 そう言って僕が見つけたのは、 妊娠中のお腹の大きいお母さんの写真だった。 勿論その横ではポールがピースサインをしている。 「本当にお母さん、ここに居たんだ~」 次のページをめくると、露わになったお母さんの大きなお腹に、 お父さんが耳を当てている写真と、愛おしそうにキスをしている写真があった。 なんだかその写真を見て僕は感極まった。 あれ? あれ? 気付けば、僕の頬には涙が伝い落ちていた。 ダメダメ、今日は僕の事を知りに来たんじゃない! おセンチになってる場合じゃ無いや! そう思って涙を腕で拭いた。 次のページにはお父さんのマネをして、 ポールがお母さんのお腹にキスをしている写真があった。 小さいポールがお母さんのお腹にキスをするさまは とても可愛かった。 そして不思議な感覚だった。 僕はこれらの写真が愛しくて、愛しくて、 笑いながら涙を堪えていた。 その写真に続いて、 僕の生まれた時の写真もあった。 そしてポールが僕の顔に、 ペンでバカと書いた写真もちゃんとあった。 お父さんとお母さんの築いてきた歴史を垣間見て、 僕は少し感傷に浸っていた。 「カナメ、何か飲み物は?」 シャルロット叔母さんに尋ねられ、 僕は我に返った。 いけない、いけない。 また本来の目的を忘れるところだった! 僕は感傷に浸るためにここに来たんじゃないんだ! 何か手掛かりが無いかと思って来たんだった! 「僕は今はいいです~ 陽ちゃんは大丈夫いですか?」 「ヨーイチはとってもお利口にしてるわよ~」 “陽一の機嫌のいいうちに作業を進めないと!” そう思いアルバムの続きをめくり始めた。 そしてポールの学生時代のページにたどり着いた。

ともだちにシェアしよう!