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第168話 リョウさんの正体
僕はリョウさんが訪ねて来たことを、
ポールに話すべきか迷った。
僕は基本的に彼を知っているはずではない。
「要く〜ん、今日の飲み物はどうする?
お茶がいい? それともコーヒーにする?」
少し迷って、僕は思い切って聞く事にした。
「ねえ、ポール。
正直に話して欲しいんだけど……」
「何、何?
そんなに改って、要君の質問だったら
何でもござれだよ!
それより、お茶? それともコーヒー?」
「じゃあ、ジャスミンティーでお願いします。
ところでさ、ポールって……」
「ん〜?」
「リョウって人の事……」
僕がリョウと言う名前を言った途端、
ポールは少しピクッとした様にして、
手に持っていたカップを落として割ってしまった。
“怪しい……”
僕は咄嗟にそう思った。
ポールはあまり動揺する様な性格では無い。
ガチャガチャとして割れたカップを片付けようとしてるらしいけど、
拾っては落とし、拾っては落とししている。
最後には
「あっ……!」
と指を切る始末。
“これは黒だな”
僕はそう思った。
ポールはちょっと震えたような声をして、
「リョウって、あのリョウかな~?」
と聞いてきた。
“白々しい……”
「でもどうして要君がリョウの事知ってるの~?」
「実はね~
数年前にポールが留守の時、
シャルロット叔母さんを尋ねたことがあったんだよ。
その時にね、アルバムを見てさ、
叔母さんが教えてくれたんだよ。
ポールが日本に行ってたことや、
ステイ先の息子さんのこと等。
そこの息子さん、リョウさんって言うんでしょう?」
ポールは明らかに動揺している。
「あ~、あ~、あ~
確かにそう言う名前の人いたね~」
と、声が上ずっている。
いつものポールから考えると、
うろたえる姿が何だかおかしい。
「実を言うとね~
ポールがイタリアに行ってる時にね、
ここを訪ねて来たんだよ」
と言ったの同時に、
ポールはかき集めたカップの破片を
またもや床に落としてしまった。
「ちょっと~ ポール!
何やってんの!
危ないじゃない。
もうそこは良いから、ここで陽ちゃん見てて!」
そう言って僕がキッチンへ行って割れたカップを方付ける事にした。
「そ、そ、それで……
リョ、リョ、リョウは何て……?」
ププ……
チョットどもってるし。
「あ~ ポール!
ちゃんと陽ちゃん見てて!
こっちに来ちゃったよ~
陽ちゃんここは危ないからダメだよ、
あっちに行ってポール叔父さんと遊んでてね~」
どうやらポールは凄く気が動転しているらしい。
暫く沈黙が続いた後、
ポールがソワソワとし出したので、
こりゃ凄く気になってるなと思った。
「そのリョウさんね、
僕が玄関に出たら、
家間違ったって帰ちゃった。
その時は分からなかったんだよね。
シャルロット叔母さんに見せてもらった写真の主だって。
でも後で思い出して追っかけたけど、
もういなくってさ~」
ちらっとポールの方を見たら、
なんだか気落ちしてるような感じにも見える。
「今でも連絡とってるの~?」
「いや、全然……」
「そうなのか~
何しに来たんだろうね」
ポールの方を横目で見ながらそう尋ねてみた。
ポールは死んだ魚の様な目をして宙を仰いでいた。
は~ ここにもトラウマが一つか~
やっぱりこういう所はDNAだよな~
まだ忘れて無いんだろうなぁ~
と言う事は頑固でもあるって事か~?
聞いても簡単に白状するかな~?
「リョウさんって凄く若く見えるね。
僕、ここに留学してた時の写真みて12歳だと思った。
それにこの間来た時も高校生くらいかな?って思ったし」
「……」
「リョウさんってポールと同じ年だよね?
って事は今年で28歳?
わっか~」
「……」
ダ~メだこりゃ。
完全にいっちゃってるな。
僕は、自分にお茶を入れた後、
ポールにもジャスミンティーを入れてあげた。
「はい、これ。
落ち着くよ」
そう言ってカップを手渡すと、
ポールの横に座った。
「話したいことがあったら、
何時でも聞くよ?」
ポールが僕を見た。
そして慌てて、
「いや、何もない!
そっか、リョウが来たのか!
懐かしいな
そっか~
ワハハ」
と白々しくそれだけだった。
ホントにやせ我慢して!
言い方が棒読みだし!
「じゃあ、僕は陽ちゃん寝かしつけて来るから」
そう言って、陽一を連れてベッドルームに入って行った。
ちょっとポールに一人で落ち着く時間と、
考える時間をあげたかった。
陽一が寝付いたら、ねっちりきっちりリョウさんに付いて
聞こうと思っていたのに、
僕はいつの間にか陽一と眠りについていたようだ。
起きたら、既に朝が来ていた。
慌ててリビングに行くと、
ポールはもう出た後だった。
ちょうどシッターのマリーが来たので、
僕も学校へ行く準備をして家を出た。
ドアを開け外に出ると、
リョウさんがドアの所に立っていた。
ちょうど、ベルを鳴らすところだったらしい。
彼は僕と目が合うと、
また駆け出して行った。
「ちょっ……!」
一体何なの?
ポールに会いたくてここに来るんだったら
僕がまた居る事も分かりそうなものなのに、
何故逃げる?
「リョウさん!」
そう叫ぶと、彼は立ち止まった。
急いで彼のところまで走り、
彼の腕を取り捕まえると、
「リョウさんでしょう?
ポールの家にステイしていた!」
彼は僕をびっくりしたように見ていたけど、
「どうしてそれを……」
とおびえたようにして尋ねた。
「僕、今からクラスで時間無いんです。
お昼にダウンタウンにある美術学校の前に来てくれますか?
その時に話しましょう!
あ、それと僕の名前は要です!
お昼に絶対来てくださいよ!」
と、彼の返事も聞かずにそう言って僕は学校への道を急いだ。
こういう所もやっぱりDNA?
強引な所はポールに似てるなと思った。
今まではそう言う事は無かったのに、
やっぱり陽一を授かって強くなったのかな?
守るべき人が居るって凄いな~
でもリョウさん、何だか蛇に睨まれたカエルみたいだったな。
僕の事、どんな風に思ってるんだろう?
多分、ポールの奥さんだと思ってるんだろうな……
そしてお昼の時間がやって来た。
僕は学校の正面玄関まで急いだ。
リョウさんは既に僕を待っていて、
ソワソワとしていた。
「リョウさ~ん」
そう言って手を振って呼ぶと、
彼は深々とお辞儀をした。
「じゃあ、その辺にあるカフェにでも行きましょう!」
そう言って僕は、馴染みのカフェまでリョウさんを案内した。
「それじゃ、ここにどうぞ」
そう言って僕の前を進めると、彼は
一つ会釈をしてそこに座った。
「あ~ コホン」
と言ってちょっと咳ばらいをしたら、
「本当にすみません!」
と、リョウさんが深々とお辞儀をして謝り出した。
「え?」
「あの……
僕、君とポールの事、邪魔するつもりは無かったんだ。
ポールを取り上げようとも思って無いし、
あの可愛らしい坊やからパパを取り上げようとも思って無いから!
ただ、懐かしくなって一目会いたくて……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。
何のことですか?」
「え? 何のことですかって、
貴方ポールの番で僕とポールの昔の事を知って
僕をいさめようとしたんじゃ……?」
「あ~ やっぱりそう思っていたんですね」
僕がそう言うと、
リョウさんは訳か分からないと言う様な目をして僕を見た。
「僕はポールの従弟……っていってもちょっと遠いんですけど、
ポールの所にお世話になってるだけです!
それにポールと僕は番では無いし、
陽ちゃんもポールの子供ではありません!」
そう言うと、リョウさんはキョトンとした様な顔をしていた。
「え? ポールの番では無い?」
「はい、ポールの番ではありません!」
そう断言した途端、彼は泣き出した。
きっと凄く気が張ってたんだろう。
「僕、数年前の雑誌でポールに本命が現れたって見て……
居てもたってもいられなくて……
僕から別れを切り出したのに、
ずっと、ずっと忘れられなくて……」
「え? 数年前の雑誌ってもしかして……」
「はい、誰かをお姫様抱っこして
颯爽と撮影現場から居なくなったって……
SNSにも凄く拡散されてて……
ポールが遊んでいたことは色んな情報源から知っていました。
でも、その記事を見た時に、遂にその時が来たのかって……
だから君と坊やを見た時
やっぱり噂は本当だったのかって……」
「あの……
凄く言いにくいんですけど……」
「え?」
「ごめん、リョウさんの心配しているポールの本命の噂、
それ多分僕の事だったと思う」
「え? それはどういう……?」
「僕、ちょうどその時、陽ちゃん妊娠してる時で、
散歩してるとき破水しちゃったんです。
それで近くに居たポールに助けを求めちゃって……
ポールそういったパパラッチに慣れてるから
僕の事隠してくれて……
多分それに尾ひれがついて話が広がったんだと……
僕の知っている限りでは
ポールに今付き合ってる人はいないはず!」
そう言った途端彼はその場に泣き崩れた。
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