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第177話 会いたい人

日本はフランスよりも8時間進んでいる。 結局僕と陽一は朝方になるまでその夜は 寝床に着くことが出来なかった。 お昼を少し過ぎた頃に起きて来ると、 お父さんとお母さんは既に仕事に出かけた後だった。 寝室の窓を開けると、 公園が一番に目に入って来た。 “少し木々が高くなった? あ、あの池では矢野先輩とよく待ち合わせしたな~ あの東屋は…… 何もかもが懐かしい!” 少し先に目をやると、 河川敷が見えて来る。 “アメンボまだいるのかな? めだかやフナもいるかな?” それを辿って更に進んでいくと、 僕がずっと入りたかった、 でも途中で中退しまった学園が小さく見える。 “入学式のシーズンだな…… もう入学式は終わったのかな? 今年もあそこで沢山の子供たちが恋に落ちて、 泣いて、笑って、青春を謳歌するんだろうな……” 僕は学園を暫く眺めて、 深いため息を付いた。 「かなちゃん、 お腹すいたよ。 ご飯有るの?」 そう言って、陽一がパジャマの裾を引いた。 「あ、陽ちゃん、ちょっとまっててね。 多分、お祖母ちゃんが作り置きしてくれてると思う。 昨夜そんな風に言ってたから」 そう言って、陽一とキッチンへ行くと、 案の定、置きメモがあった。 “ご飯できてるよ。 お味噌汁は温めて食べてね。 今日は3時くらいに帰ります” 時計を見ると、午後の1時だった。 「お味噌汁があるってよ。 直ぐに温めるからね。 手を洗っておいで。 それにお祖母ちゃん、もう直ぐ帰って来るみたい」 日本食はフランスでもよく作った。 陽一は日本食派だけど、 朝は結構バタバタとした日が多かったので、 パンの日が多かった。 「かなちゃ~ん、 手、洗ったよ!」 陽一が、手をブンブン振りながらおトイレから戻って来た。 「あ~ 陽ちゃん! ちゃんとタオルで拭いて!」 陽一はタオルで手を拭くと、食卓に着いた。 二人で手を合わせて 「頂きま~す!」 と言うと、味噌汁を一口すすった。 じわ~っと温かい感覚が口の中一杯に広がった。 「あ、お母さんの味だ~」 久しぶりに食べたお母さんの味噌汁は、 とても懐かしい味がした。 フランスにお母さんが居た時も作ってはくれたけど、 やっぱり材料が違うのか、 美味しかったけど日本に居る時とは少し味が違った。 懐かしいお母さんの味噌汁に幸せを感じた。 「お御馳走様~!」 僕が味噌汁に幸せを感じてジ~ンとしていた時には、 陽一はすでに朝食を終わらせ、お皿を方付けていた。 この後、公園に行く約束をしていたので、 早く食べたのだろう。 僕はまだ食べ始めたばかりだと言うのに、 早く公園に行こうよと急かしだした。 “は~ 小さい子がいると、 ご飯も味わって食べれないや……” 僕は味噌汁とご飯を掻き込むと、 外に行く準備をして、 陽一を公園へ連れて行った。 下まで降りてきたときに、 何となくコンビニが気になった。 “もう、彼が居るはずはない。 大丈夫。 彼はもういないはず……” 僕は自分に言い聞かせた。 僕は少しトラウマ化していたのか、 コンビニの前を通るのが少し怖かった。 少し離れた所から中を伺うと、 コンビニの定員さんも総入れ替わりし、 見知った顔の人は一人も居なかった。 もちろん浦上琢磨の居るような気配も全然無かった。 それはそうだろう。 彼のここでの使命はすでに終わった。 もう6年も経っている。 この場所からいなくなった僕に、 何時までもここで、 コンビニの店員を続ける意味はない。 それでも僕は確かめたかった。 本当に彼はもういないのか。 コンビニに立ち寄り、 お菓子と飲み物を買うついでに聞いてみた。 「浦上琢磨さんと言う方は、今でもここで働いてますか?」 コンビニの店員さんは首を傾げて、 聞いた事も無い名前だと教えてくれた。 当たり前のことだけど、 どうやら彼は、もうここにはいないらしい。 ホ~ッと胸を撫で下ろすと、 僕は陽一の手を引いて公園まで歩いて行った。 僕が小さい頃によく遊んだ入り口にある遊具で遊ばせると、 そこに備え付けてあるベンチに座った。 そして、お菓子と一緒に買った経済誌と政界誌を取り出した。 “もしかして先輩がどこかに載ってるかもしれない……” 僕にはまだ、先輩の現状を知る準備は出来ていなかった。 でも知りたかった。 載っていて欲しい…… 載っていて欲しくない……… 色んな感情が入り混じった。 ページをめくる手が震えた。 過呼吸を起こすんじゃないかというくらい、 心臓がドキドキとしている。 雑誌を見るくらいでこんなに緊張するとは思わなかった。 怖かったけど、 1ページ、1ページ丁寧に見て行った。 経済誌には先輩については何処にも書いて無い。 僕はゴクリと唾をのみ込んで政界誌をめくった。 現政治家の名前がリストに載っている。 また、政界に出てきそうな人の情報なども載っている。 先輩の父親は見つけた。 でも、先輩の名がどこにもない。 先輩が載っていなくて、 がっかりしたのか、ホッとしたのか分からない。 先輩は今年で25歳だ。 そろそろ政界に顔を出し始めてもいい頃だ。 “どうしたんだろう? まだ下積してるんだろうか?” 僕は雑誌をベンチの上に置くと、 少し考え込んだ。 “大学はもう卒業してるはずだよな? 院に進んだのかな? 大学へ問い合わせてみる? ダメか、個人情報は教えないよな。 先輩の家は分かるけど、 僕が行くと、家族にも僕の事が分かってしまうな…… 一体どうやったら先輩の情報を掴むことが出来るんだろう?” 少し考えてみたけど、いいアイデアが浮かばない。 先輩に早く会いたい逸る気持ちはあるけど、 今回は慎重に行きたかった。 横の関係から情報を仕入れると、 先輩の両親にバレる恐れがある。 何時かは面と向かって戦わなければいけない時が来る。 もし先輩が既に結婚しているのであれば、 取り越し苦労ではあるけど、もしまだ僕にチャンスがあるのであれば、 僕は戦いたい。 それに陽一の事もある。 今回は準備も無しに戦いに入るのは避けたかった。 何処から始めたら良いのか全く分からなかったけど、 先ずはこっちでの生活を軌道に乗せるのが先だなと思い、 時差ぼけを直すことに専念することで、 現時点での僕の中はまとまった。 陽一の方を見ると、 友達が出来たようで、 数人の子供達と一緒に砂場で山を作っていた。 他の子供たちのお母さん達は既に顔見知りの様だ。 “これがうわさに聞くママ友か……” 僕はあまり友達付き合いが旨い方では無い。 恐らくママ友の輪にはなじめないだろう。 「要、やっぱりここに居たんだね」 後ろを振り向くと、お母さんがそこに立っていた。 「お帰り、リハーサルはどうだった?」 「うん、何時も通りだよ」 そう言うと、僕の横に座った。 「日本に帰って来てどう? 後悔してる?」 僕はお母さんを見つめて、 「全然!」 と答えた。 お母さんはベンチ置かれた雑誌を見て、 「佐々木君の事はこれからどうするの?」 と尋ねた。 「うん、佐々木先輩には今すぐにでも会いたい。 でも、急いては事を仕損じるって言葉があるでしょう? 僕は二度と佐々木先輩とのことで失敗したくない。 結婚してるかもしれないし、 恋人がいるかもしれない。 だから少し考えてみる。 どうやったら一番最適な方法で先輩に会いに行けるのか」 「そっか、困ったことや、アドバイスが必要な時は、 絶対言うんだよ? 一人で悩んだりしないでよ?」 そう言ってお母さんは僕の肩を抱き寄せてくれた。 「あっ! おばぁ~ちゃぁ~ん」 陽一がお母さんに気付いたようだ。 「陽ちゃん! お腹すいた? お夕飯一緒に作ろうか?」 お母さんがそう言って手を振ると、 陽一は新しく出来たお友達に大手を振って、 さよならと言った後、僕達の所に走って来た。 その姿がとても愛おしかった。 そして絶対この笑顔を守って見せると誓った。

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