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魔王VS救世主?
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彼がしゃくりを上げるたび、はしばみ色の短い髪が揺れる。
(……困った)
突然飛びついてきた救世主をどうにもすることができず、要塞ヘルムを落とすことを諦め、連れ立った僕 の鋭兵と共に城へと戻ったルーファスは戸惑いを隠せなかった。
ここは混沌と闇色に包まれたノースウェル城。
玉座に座している自分の腕の中には今、あろうことか救世主が嗚咽 を漏 らし、泣いている。
救世主と魔王は相反 する存在だ。当然、救世主が魔王に抱きつくという話も聞いたことがない。
しかし、彼は救世主を振り払えなかった。
自分よりも背が低い、少女と見紛うほどの可愛らしい彼が大きな目に涙を溜め、むせび泣く。いったい誰が泣きすがる少年を追い払うことができるだろう。
彼は、そう――。実は無類の可愛い物好きだったのだ。
「っひ、えぐっ」
救世主は未だ泣き止む気配はない。
ルーファスが救世主の頭を撫でてやると、自分の腰に回っている両手に力が込められた。
やがて、混沌と静寂。むせび泣く声が消え、ようやく静かになったそこには彼がこの城にやって来る前のノースウェル城が甦 る。
だが、間もなくしてふたたび救世主の声が、静寂を打ち破った。
「ぼく、ここがどこなのかわからない」
ぼそりと呟いた声は震えている。
ルーファスの胸に、救世主の寂しい声が突き刺さった。
大きな目に涙が溜まっている不安そうな眼差しに、ルーファスの胸が打ち震えた。
「ここはガルトだ」
ルーファスは、自分が混沌の支配者であることも忘れ、恐怖に震える救世主にできるだけ優しい口調でそう言った。
「それって……ここは日本じゃないっていうこと?」
「ニホン? それはお前が過ごしていた国の名か?」
「うん、そう」
ルーファスの尋ねた言葉に大きく頷いた。
「お前の名は何という?」
「ぼく、姫乃 万里 っていいます。助けてくださってありがとうございました」
救世主はそう言うと、ぺこんと頭を下げ、お辞儀をした。
姫乃万里。彼は姫とたしかにそう言った。彼は救世主ではないのか?
いやしかし、あのろくでもない強欲王子はたしかに彼を救世主と呼んだ。
この可愛らしい少年を力尽くで組み敷こうとするあのやり口が気に入らない。
現王と言い、先代も先々代も――。たしかあの王家はいつだって自分の思うようにいかないことは力尽くでやってのける、無慈悲きわまりない王族だった。
だから民はやせ細り、食べるものもろくに与えず、寝る間も惜しんで容赦なく使わされていた。
そのおかげでルーファスが侵略しやすいのも事実ではあるが、しかしこれではあんまりではないか。
ルーファスは、救世主を問答無用でベッドに組み敷いている姿を思い出し、嫌悪感がふつふつと湧き出てくるのを実感した。
姫か救世主か。自分の目の前にいる彼は何者なのかがわからない。
「お前は救世主ではないのか?」
ルーファスは、彼が言った名がどれなのかわからず、尋ねた。
しかし、救世主の方もルーファスの言っている意味がわからない。
「救世主ってなに? ぼく、もう日本には帰れないのかな……」
またもや救世主の涙に濡れた目が、悲しそうに揺れた。
「い、いや。役目を終えれば帰れるのではないか?」
「役目?」
彼が救世主であるならば、することはひとつ。
ルーファスと刃を交え、どちらかが滅ぶまで戦うしかない。
しかし、まさか自分を殺すことだとは言えないルーファスは、泣きそうになる救世主をなんとか宥 めようと慌てて告げたものの、口ごもった。
三度、静寂が生まれ、そして救世主と思しき彼が沈黙を破る。
「そういえば、貴方の名前。聞いていなかった」
「俺はルーファス」
「るーふぁす?」
ルーファスが大きく頷けば、万里は彼の名をあらためて呼ぶ。すると先ほどまでの涙は引っ込み、笑顔になった。
「ルーファス、カッコイイ名前だね」
「そ、そうか……」
「うん!!」
まるで野原一面に咲き誇る向日葵のようだ。可愛らしい救世主の笑顔がルーファスの口角を緩ませる。
そこには生きとし生けるすべてに恐怖と混沌をもたらす彼らの王はおらず、今あるのは、あろうことか笑みを浮かべている見知らぬ男だ。
僕たちは見たことのない主の姿に、自分の眼を疑うばかりだ。
僕たちのどよめきに気がついたルーファスは、ひとつ咳払いをすると僕たちを下がらせた。
……ここではろくに話もできない。
ルーファスの力強い腕が、華奢な身体つきをしている万里を抱きかかえる。奥にある寝室へと向かうことにした。
「うわわっ」
抱きかかえられたことでふいに自分の身体が宙に浮き、バランスを崩した万里は急いでルーファスの首に自らの腕を絡ませた。
可愛いもの大好きルーファスは、もう胸が高鳴り続けている。
彼は咳払いをひとつすると、そのまま奥にある寝室へと足を向けた。
★魔王VS救世主? ・完★
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