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第4話 デート
「ねえ兄さん。」
「ん?」
行為のあと、中と部屋の掃除を終わらせた僕は兄さんが突っ伏しているベッドへと腰掛ける。僕が声をかけると兄さんはむくりと起き上がって、僕の膝に乗っかる。
「今日さ、遊園地行こうよ。新しいアトラクションができたんだって。兄さんが好きな絶叫系のやつ。どう?」
兄さんの触り心地のいい髪を撫でながら、僕は兄さんに問いかける。
「お前、学校は?」
髪を撫でる僕の手に頭を擦り付けながら兄さんが訊き返す。
「今日は休みだよ。それに、今日はあの男は仕事だから自由だ。」
「あの男」という言葉に、兄さんが一瞬ビクッと身体を強張らせる。
「大丈夫。いないよ。それに、いたとしても僕が兄さんを守るから。」
そう。もうすぐだ。兄さんを救い出すのにもう時間はかからない。もうすぐ、全てが終わる。
「だから、大丈夫だよ。」
もう、無力な子供じゃないんだ。
「ね、どうする?」
兄さんに再度尋ねる。
「行く。行きたい。秀磨と一緒に。」
そう言って、兄さんが僕を見上げる。
「じゃあ、行こっか。久しぶりにデートしよう、兄さん。」
「うん!」
そう言って、兄さんと再びキスをした。
「わあああ!」
兄さんがキラキラとした目で歓声を上げる。
「久しぶりに来た!秀磨、ジェットコースター乗りたい!新しいのってどれ!」
まだ入園してもいないのに、大はしゃぎで上空を通っているジェットコースターの線路を指さしている。
「兄さん、楽しみなのはわかるけど、まだ入園もしてないからね、僕ら。」
キラキラと目を輝かせている兄さんへの呆れと微笑ましさで、思わず笑みがこぼれる。
(ヤバい。兄さんが可愛すぎる。)
「だって!ここ来たの本当に久しぶりなんだもん!」
相変わらず目を輝かせたまま、兄さんがこちらを振り向く。
「まあ、そうだね。確かに久しぶりだ。」
(兄さんと来たのは、本当に久しぶり。)
「たくさん遊ぼうね、兄さん。」
兄さんに笑いかけて言う。
「もちろん!」
そんな僕に、兄さんはふわりと笑って答えた。
入場して、真っ直ぐジェットコースターの入場列へと進む。
「すっごーい!高い高い!ね、秀磨!すごいね!」
兄さんが満面に笑みを浮かべてこちらを見る。
「うん。そうだね。」
ジェットコースターの頂上を指し、兄さんは興奮を抑えずに話す。本来、兄さんくらいの年ならば、はしゃぎはしてもここまで喜ぶことではない。つまり、これくらいで喜べるほど、あの家の中は辛いということだ。…僕がついていながら、兄さんに負担をかけるなんて。
「でも、もうすぐ終わるからね。」
ぼそり。誰にも向けずに、ひとり呟く。
「秀磨、どうかした?」
上の空になっていた僕を、兄さんは心配そうに覗き込んでいる。
「何でもない!行こう。せっかく久しぶりに来たんだから。楽しまなきゃ。」
そう言って、兄さんの手を引いてジェットコースターへと乗り込んだ。
「「きゃあああああああああああああああ!」」
甲高い悲鳴があがる。今はちょうどジェットコースターの下り坂。一番の山場だ。隣を見れば、兄さんもが楽しそうに叫んでいる。ずっと見つめ続けているとこちらの視線に気づいて、ふにゃりと笑う。それに返すように、僕も笑う。
(ああ、こんな時間がずっと続けばいいのに。)
そう、ずっと続けばいい。こんな穏やかな時間が。そのために、僕は、
「ずっと、一緒にいようね。兄さん。」
僕は、準備を進めてきたんだから。
「あー楽しかった。ね、秀磨、また来ようね。一緒に。」
ジェットコースターの滑走が終わり、兄さんと次のアトラクションへと向かう。
「うん。何度でも。ずっと一緒に、来よう。毎週、毎日だって!」
そう、何度だって来よう。だってね兄さん、今日、
「何度だって、連れてきてあげる。」
あの男は、いなくなるんだ。
「次は何乗る?」
「ほかの絶叫系!」
「おっけー。じゃ、行こう。」
「うん!」
「楽しかったね!秀磨。」
「そうだね。」
一通り遊びつくしたころ。気づけば日は傾き、空が真っ赤に染まっていた。
「…もう、夕方だね。」
兄さんが暗い声で話す。
「…そうだね。もう戻らなくちゃ。」
あの男が帰ってくる、兄さんを閉じ込めるあの檻に。いつもならば。
「また、あの家に帰らなくちゃいけないのかな?」
暗い瞳で、兄さんがこちらを見上げる。
「…大丈夫。今日は帰るのホテルだから。」
そんな兄さんを安心させるために、笑顔を作る。歓喜の笑みを。
「今日はあの男からきっちり許可貰ってるからね。一泊二日の旅行に行ってることになってる。」
「…そうなの?」
まだ不安そうに、恐る恐る訊いてくる。そんな兄さんの仕草がまたとてつもなく可愛い。
「そうだよ。」
嘘。本当は許可なんて取ってない。でも、いいんだ。どうせ今日、いなくなるんだから。
「小さい頃に一回泊まったことあったよね。今日は奮発してスイートルーム取ったからね。」
これは本当。兄さんを下手なところに泊めさせるわけがない。
「すいーとるーむ?」
兄さんは聞き覚えのない単語に首を傾げている。
「一番高級で安全なホテルの部屋のことだよ。」
そう、僕の息がかかった人間を複数潜らせてある。最低限兄さんの絶対安全を保障できるくらいには。
「一番高級で安全なほてるの部屋…」
兄さんが僕の言葉を復唱する。
「そう。だから、今日はそこに泊まって、帰るのは明日の昼。だから、今日の心配は何もしなくていい。勿論、ご飯もお風呂もついてるよ。」
兄さんの触り心地いい頭を撫でる。
「安心して、いいんだよ。」
もう誰にも触らせない。傷付けさせない。兄さんは、僕のものだ。
「…そっか。そっか!」
兄さんは潤んだ瞳で嬉しそうに微笑む。ああ、やっぱり、兄さんは可愛い。
それに、こっちの顔のほうが似合う。泣いている表情かおなんかではなく、笑っている表情が。
「さ、兄さん、行こうか。ホテルに行こう。すぐそこだから。」
兄さんの手を引く。
「うん!」
兄さんは僕の手をきゅっと握り返してくれた。
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