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暮らす
目が覚めたら足首が鎖に繋がれていた。
周りを見渡すと見知らぬ部屋。アパートの一室のような部屋。
俺はベッドで寝ていて、全裸だった。
「え……っと……」
どういう状況なのか理解できない。
「今日からおまえは俺に飼われるんだよ」
明るく爽やかに笑顔でそう言われ、驚いたけど、まあいいかって思った。
ごはんくれるし。
記憶を辿る。
酒飲みすぎてたせいかあんまり覚えていない。
確かバーに行った。
初対面の彼が隣に座り、おごるよって言って酒をくれた。
たくさん飲まされた。
気づいたらここにいる。
尻が痛いから、たぶん俺は犯されたんだろう。
初対面だと思ってたのは、俺だけらしい。
彼はいつから俺を知り、いつから好きになったのかを、延々話して聞かせてきた。
俺の右の耳から入り、左の耳へと抜けていった。
たぶん、どうでもよかったんだろう。
当たり前のようにセックス三昧の日々が続く。
さんざん俺を好き勝手に犯した彼は、とうとう飽きたのか唐突に俺を手放した。
急に捨てられて戸惑った。
わりと快適な暮らしだったからだ。
「だっておまえ、俺のこと好きじゃないじゃん」
それが彼の最後の言葉だった。
あ、バレてたんだ。
仕方がないから家に帰った。何ヶ月も家賃を払ってなかったせいで、もうそこは俺の部屋ではなくなっていた。
露頭に迷う。
何ヶ月も無断欠勤だったから、仕事もクビになっていた。
仕方がないからいつものバーに行く。
いつも俺に酒を作ってくれるバーテンダーに事の顛末を話した。
呆れた顔をしたけど、酒は作ってくれた。
「じゃあ、俺の家に来るか?」
バーテンダーがそう言ってくれた。
神様に見えた。
俺とバーテンダーの暮らしはそこから始まる。
恋人じゃないし、身体の関係もない。
ただ捨てられた仔犬のように、拾われて暮らしてるだけ。
のはずだった。
好きになっちゃったんだ。
俺が彼のこと。
そこから歯車は狂い出す。
好きにならなければ平和だったのに。
バーテンダーには他に好きな人がいた。
しかも女の人だった。
そりゃそうだよね。ノンケだもんね。
俺だってノンケだけど、男に抱かれる日々を送ってるうちに、ちょっとおかしくなっちゃったんだ。
穴に突っ込むよりも、お尻の奥に突っ込まれたい。欲望に突き動かされるようにぐちゃぐちゃに掻き乱されたい。
そんな身体の欲求に苦しむようになっちゃったんだ。
俺を捨てた彼がうまかったんだ。セックス。
だから好きでも嫌いでもないけど、気持ちよかったから、まあいいかってそのまま抱かれてた。
ハッテン場に行けって思うよね。でも、誰でもいいわけじゃないんだ。
だって俺はゲイじゃないから。
他の男には興味ない。
俺に優しくしてくれたあなただから好きになったんだ。
どうやら告白して玉砕したらしい。
片想いだったんだね。
「俺が知らなかっただけで婚約者がいたんだ」
「そっか」
慰め方がわからなかったから、それだけ言った。
ただ傍にいた。
俺にできるのはそれだけだと思った。
ただ寄り添う。
だって彼はゲイじゃないから。
俺の身体なんていらないだろうから。
そして何もないまま、ただ一緒に暮らしてる。
キスしたいって思うこともあるし、抱かれたいって思うこともある。
でも言わない。
彼がその気にならなかったら意味がないから。
永久にこのままかもしれない。
でもそれでもいいかと思ってる。
傍にいられればそれでいい。
俺は神様でもないし、仙人でもないから、自分から襲いかかることだって考えないわけじゃない。
でもしない。
彼が求めてないから。
ただずっと傍にいたい。
それだけなんだ。
END
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