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第1話
同棲して2年、夕飯後のゴロゴロタイム。急にあいつが宣 った。
「結婚して下さい」
「嫌です」
「何で!」
即答してやった。
何を言ってるんだこいつは。男同士じゃ結婚できねーよ。しかもお前、ホスト崩れのヒモじゃねーか。
あ、結婚って養子縁組するってことか。
「幸せにするからー!」
「どうやって」
「うっ」
「そりゃあここはお前のマンションだぜ、立地もいいし窓からの眺めもいい。だがホスト時代に貢がせただけじゃねーか、ホスト辞めた今はただの穀潰しだ」
「酷い。でも部屋は綺麗だし洗濯はマメにするし、料理も出来る。いいダンナじゃないか」
「物がないから散らかりようがないんだよ。服も洗ってないだろ、いつも同じじゃねえか。白黒ばっかり着やがって。そう、お前もう料理するな!料理は後片付けまでが料理だよ、鍋とかザルとかおろし金とか使いっぱなしで茶碗洗うのが余計しんどいわ」
「酷いー!」
ああもう、何でこんな奴に惚れたかな。でも愛はお金では買えないんだよ。例え誕生日プレゼントがメッキのチョーカーでも、デートが金のかからない花見とか蛍狩りのドライブでも。
「大体何で急に結婚とか言い出したんだ」
「いや、もう同棲して2年経ったし、お互いの良いとこ悪いとこ全部見せ合っただろ。あ、モチロン体の隅々もね、ぐふふふふ」
「気持ちの悪い笑い方すんなっ」
「あー、ごほん。それで結局、お前しかいないなあ、って思ってね」
「俺の苦労する人生しか見えてこない」
「そう言うなよー。ねー、結婚してよー」
両手で腕持って振るな、駄々っ子か!
「結婚してくれないと浮気しちゃうぞー」
「いや、それはないな」
「うわ、俺の愛1ミリたりとも疑われてない。俺も1ミリたりとも疑ってないけどねー」
手を振るのを止めた奴はうっそりと笑った。
ゾワッ
?
今一瞬何かが走ったぞ
「ねえ、結婚して俺を幸せにして」
「いやそれオカシイさっき俺を幸せにするって言っただろ」
バカらしくて笑いが出てきた。
なんのかんの言ったって、こいつと居ればそれだけで俺は幸せで笑っていられる。だから本当は一生一緒にいるならお前って思ってる。
「ああもう、煩い。そう言うお前は本当に良いのか?結婚っていうのはこの後の人生ずっと、一緒にいるって事だぞ」
「当たり前じゃないか」
「俺は離婚なんかしてやらないからな」
「うわーオレ愛されてる。超幸せ」
「バカか。じゃあ、俺の人生、お前に全部預けるから、お前の人生も俺に全部寄越せよ」
「分かった。地位も名誉も財産も全部共有する」
「ちょっと待て、財産って、まさかお前、借金抱えてたりしないだろうな」
「ないない。借金もないし悪いこともしてない」
「ビックリさせんなよ。言っとくが俺も貯金はちょびっとしか無いからな、無駄遣いすんなよ」
はなから奴の収入なんて当てにしてないが、借金なんて共有したくない。ホッとした。
「俺、もう嫁さんの尻に敷かれてるw」
鼻の下伸ばしてデレデレの顔すんな。それでもイケメンなのがムカつく!
「何で俺が嫁確定なんだよ」
「俺の方が年上だもん」
そっか。養子縁組は年上の方の戸籍に入るんだったな。
「そういえばご両親は大丈夫なのか?俺、会ったことないけど」
「もう結婚するって報告しといた。真実の愛を見つけたって言ったら感激してたぞ」
まじか。お前の両親、頭大丈夫か?信実の愛って笑うとこだろ。そうか、こいつホストだったから真剣な恋愛が出来るか心配だったんだな。相手が俺で申し訳ないけど、一緒に住んでるのは知ってたみたいだから、今更か。
「じゃあ、もう良いか。するよ。結婚。俺がお前を幸せにする」
「やったー!愛してる!幸せにして!」
はははは。笑いが出た。
「ハイじゃあこれ書いて」
婚姻届…じゃなかった、養子縁組届と俺の印鑑が出てきた。
「早いな。お前の書く所もう埋まってるし、出す気マンマンじゃねーか。っておい、今出したその箱、まさか指輪じゃないだろうな。カネどうしたんだよ、またネットで小金を稼いだのか」
何かの記念日には、こいつは何処からか金を出してきてプレゼントを寄越す。万年筆だったり鷲の重しだったり趣味が訳分からん。金がないから文房具なんだろうがな。よくパソコンでゴソゴソしてるから、その小金を貯めていたのだろう。
「そんなのいいから早く書いて。書き終わったら教えるから。夫婦のあいだには我慢も内緒もなしだもんな」
「そんなの当たり前だろ。ほら、出来たぞ」
我慢?内緒?お前が言うな、俺の方が我慢してるわ。
「やった。もう返さない」
奴はいそいそと鍵の掛かる引き出しにしまいやがった。大げさな。
「取らねーよ」
その台詞に奴はにっこり笑った。
「はい、じゃあ次、指出して」
俺は大人しく左手を出した。やはり小箱は指輪だった。ってちょっと待て!
「でっけー!なんだこの石。宝石か?んな訳ねーか、ガラスか。猫の目みたいな線が入ってる。珍しいなー。すげー綺麗。嬉しい。ありがと」
奴はニコニコしてた。いや、デレデレ?俺が喜んだことで、こいつが喜ぶことが嬉しい。
「じゃあお前にも」
俺も揃いの指輪をあいつの指に嵌めた。そして隣に座ってお互いの左手を揃えて眺めた。
「へへへ」
どちらともなく照れ笑いが出た。こっ恥ずかしいけど、幸せだ。
ひとしきり眺めたあと俺は奴に聞いた。
「で?何か言いたいことがあんの?」
「うん。ねえ、ミニマムな暮らしって知ってる?」
「は?」
何だいきなり。そんなもん知るか
「無駄なものを置かないで、シンプルに生活することだよ」
「それは物が買えなくてガランとしてるこの家のことか」
「買えないじゃなくて買わないんだよ。こだわりを分かって欲しいなあ」
ププ。そこがこだわりか。
「分かった。そこは訂正する。ほかには何かあるか」
「いやあ、分かってないと思うな。俺、同じ服を何着も持ってるよ」
「は?何で」
「服っていうのは、組み合わせを考えるから時間のロスになるし、それがストレスにもなるんだよ。だったらいっそ清潔な服を同じ組み合わせで着回しましょう、って話。ずーっと同じ服着てたように見えたかもだけど、いつもいい匂いしてた筈だよ。ちゃんと着替えてたもん」
「はぁ。そうなんだ」
「因みに白シャツは全部シルクの一流品」
「シルク?高いじゃねえか、バカか。一体どこにこだわってんだよ」
全然知らなかった。いつも同じ服だと思ってた。
「それとね」
「まだあるのか」
「僕、ホストしたことないよ」
「は?俺と初めて会った夜、女に迫られてるから匿ってって言ったじゃん」
「それ普通に顔見知りに襲われただけ。俺、人気者だから」
「何言ってんだお前。え、じゃあこのマンションは」
「普通に俺の。貢がせてないよ」
「いやその普通が分からん。親が買ったのか?親の持ち物?」
「だから俺のだって。まあ親が金持ちっていうのは本当だけど、ここは俺が稼いで買ったやつ」
「稼いでってお前の仕事って何。まさか株やってんじゃねえだろうな、そんなギャンブル的なこと許さんぞ」
「違う違う。輸入品の買付け業。海外のバイヤーと取り引きして、日本に仕入れてんの。パソコンがあれば、ほぼ片が付く仕事」
「お前そんな事してたの?初耳ですけど?」
「社長です」
「は!?社長!?会社なの!?」
「社員二千人抱えています。本社は丸の内です」
「はー!?何だよそれー!!あ、分かった、ドッキリだろ、どっかにカメラ隠してんだろ!」
奴はにっこり笑っている。
え…なんかぞわぞわしてきた…冗談…だよな…?
「今座ってるこのソファー、イタリアの本革なんだ」
「へっ、」
「お前にあげたそれ」
「このガラスの鷲?」
「ガラスじゃなく、クリスタルだよ。そのペーパーウェイトはラリック」
「ラリック?ふーん」
「婚姻届を書いたこの万年筆、愛用してくれてて嬉しいよ」
養子縁組届な。万年筆は、まあ、お前が折角くれたんだしな。
「お前から貰った時、地味で趣味悪いって思ってたけどめっちゃ使いやすい。このフクロウの絵も可愛く見えてきたぞ」
「確かにあげた時、何じゃコリャって顔してたもんね。Namiki ってところの品で、蒔絵仕立てなんだ」
「万年筆に蒔絵仕立て。どういう組み合わせよ。いや突っ込むとこが違う、蒔絵ってお高いんじゃないの?」
「あはははは。やっと気が付いた。実はどれもアナタの想像の100倍くらいの値段だから」
「嘘つけ。お前に俺の頭の中が見えるのかよ」
「そのラリック幾らだと思ってんの?」
「1000円くらい」
「ほらな」
「え…って事は、ええっと、…嘘だろう?これが10万!?じゃあ万年筆は、普段から高いって言うし、2、いや、3000円くらいじゃ」
「見事に刻んで当てたなあ。そう、30万。あ、ソファーはミノッティで300万だから」
「万年筆、こんな変なので30万!?ソファー300万!もう怖くて座れんぞ。お前も降りろ」
「いや普通に座って。想像どおりだ。面白いなあ」
あはははは、じゃねーよ。こいつずっと笑ってやがる。
「やめろもう。心臓に悪い……あれ?…まさか。…いやいや、まさかまさか」
嫌な予感がする。奴がにーっこり。
「うん。当たり。指輪も本物。それが一番高い」
「ぎゃー!!!何してくれちゃってんのこいつ!300万より高いって何なの、こんな怖いもん要らねーよ!物騒で街中歩けねーよ!」
「あはははは。返品不可ですー。結婚指輪だからちゃんと嵌めててもらいますー」
「ちょ、ちょっと待て結婚も保留だ紙返せ。あっ、引き出しの中じゃん!鍵よこせ!」
「やーだよ、返さないよー。だって俺を幸せにしてくれるって言ったもん」
「それとこれとは話が別だ。聞いてないぞ、お前が社長で金持ちでお坊ちゃんだなんて。はっ、冷静に考えたらお前、超優良物件じゃん。お前の両親、結婚に賛成してるなんて嘘だろ?」
「本当だよ。マジで大喜び。俺、人気者って言ったじゃん。財産目当て、地位目当ての奴らが来るわ来るわで困ってたのよ。酷い時には親の会社の重役が、娘を宛てがったあとに息子を宛てがって、最後に自分がやってきた」
「ぶはっ。すげえ。もてるなあ」
「笑い事じゃねえ。もう俺、嫌になって、一生独りでいようって思ってたんだ。それを親も知ってたから、お前が俺を無一文だと勘違いしてても愛してくれてるのが分かって、俺がやっと幸せになれるっておいおい泣いちゃって」
マジか。俺の知らないところで感動秘話が出来上がっていやがる。ハードルが上がり過ぎてるぞ。こいつの両親に会うの怖ええ。
「地位と金目当てだったけど、俺ホントもててたのね。だから、結婚してください、幸せにして下さいは飽きるほど言われたけど、幸せにしてやるは初めて言われたよ。凄く嬉しい。それに、あいつらの愛は偽物だけど、お前の愛だけは本物だって信じられる。だって何にもない俺を選んでくれたから。お前が結婚してくれて、本当に幸せだ。大好き。愛してる」
カアアッ
真正面から満面の笑みで言われて、顔から火が出るほど真っ赤になった。
結局俺も、こいつが大好きで、何者でも構わないんだ。ただ、好きなだけなんだ。
「実は俺こそがお前と結婚できてラッキーだったんだな」
「そうでしょう?もっと俺を敬って」
「今ので一気にありがたみが失せた」
「酷い!」
そうだった。金持ちだろうがなんだろうが、俺にとってこいつは何も変わらない。
「奥さんも晴れて大金持ちの仲間入りだから、好きなもの買いなよ。何なら家政婦さん雇う?」
「何もいらねーし、家事はお前が手伝え。無駄遣いすんな」
「欲がないねえ。俺、家事やだ〜」
文句言ってるくせに嬉しそうだ。
「そうだ、指輪の石、日の光だと色が変わるんだ。起きたら一緒に見よう」
「へえ。面白いな。2つ並べたら、本当に猫の目みたいだよな。どんな色になるんだろう。楽しみ」
2人で迎える新しい朝に、真っ先に指輪をみる。ロマンチックじゃん。
そしてそれから、何かが変わった2人の、何にも変わらない幸せな毎日を始めよう。
〈 了 〉
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