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「あら、遅かっただけなのね。もう来ないのかと思ったわ」 「…」 いつもよりも遅く現れた男の顔は、少し眉を寄せてどこか上の空だ。 「…何かあったの?」 「……」 男はなかなか口を開かぬまま、ドサリ、といつもの場所に腰を下ろす。 「…オレたちだけじゃなかった」 「えぇ…?」 「国中平和だ、平和だって喜んでんのに、なんで当事者ばっかり報われないんだろうな…」 詳細を語らず独り言のようにそう呟いた男は、その後、ロクに口を開かなかった。 *** 「おはようございます」 「…おはようございます」 昨日は、あれから夕飯も食べずに散々泣いてしまった。そんなキヨが泣き疲れて眠るまで、レイはずっと寄り添うようにくっついていてくれた。 「昨日は、すいませんでした」 「いえ、キヨが謝ることなどありません。こちらの責任です。本当に申し訳ありません」 レイは謝罪をしながら、泣き腫らして一重になってしまったキヨの目元を申し訳なさそうに見つめてくる。 「…今日も無理せず休んでください。しばらく私の仕事に付き添うとか、他のことは一旦忘れて下さい」 レイはキヨに気を使ってそう言ってくれたのだろう。しかしキヨは、首を横に振った。 「いえ…一緒に行かせてください。何かしてないと、また余計なこと考えちゃいそうで嫌なので…」 「そうですか…」 それからは沈黙のまま朝食を終えて、いつもの時間に家を出た。 それからは、教会へ行ったり施設へ行ったり、時には学校やどこかの会社へ行ったり、レイの仕事に付き添って人々と触れ合う日々が続いた。 学校や会社などの大人数の場所では、みんなに笑顔で手を振るだけだったり、握手を求められたら応えたりするだけなので…まるで芸能人みたいだなとか思ってしまったが、それくらいこの世界で”神子様“は本当に大事なものなんだなと実感した。 教会には1番行く機会が多くて、相変わらず子ども達と一緒になって遊んだ。そのお蔭で段々体力がついてきたのか、子どもたちに追われても逃げ切れることも増えてきた。…相変わらず鬼以外もオレを追いかけてくるけど。 あとは遊ぶのに危ないからた庭の凸凹した地面をちょっと整備してみたり、簡単に収穫できそうな植物の種を植えてみたり。 「痛いの痛いの飛んでけ〜」は何故か子どもたちに大人気で、どこの教会でも次に行った時にはみんなそれを当たり前のように使っていた。もちろんキレッキレのポーズ付きで。 施設では「畏れ多いです」とか言われながらもマッサージを続けていたら、嘘か本当か「前より腕がよく動くようになった気がする」とか言ってもらえるようになった。 あとは折り紙をしたり大きめなボールをぽーんと軽くキャッチボールなどをしてお年寄りとも親しくなれた。 こうしてみんなと触れ合っていると、本当に喜んでくれてるのが伝わってくるからオレも嬉しくなるし、日本のことを考えなくて済むから元気でいられた。 …だけどやっぱり、どうしても日本を思い出してしまうことはあって。 夢を見た時もだけど、ばあちゃんにどこか面影を感じる人がいたり、コバとよくやった遊びを子ども達としたり…そういうふとした時にどうしようもなく泣きたくなることがある。 その場ではなんとか堪えるんだけど、最初に大泣きしたのが寝室だったからか。寝室で寝る時になって急に思い出して泣けてくるのだ。 泣いていると知られたくなくて、泣く時は声を押し殺して、音を立てないようにじっとしているのに、どうしてかレイにはすぐにバレてしまう。 オレが泣いてることに気がつくと、レイは何を言うわけでもなく大きなベッドの上を移動してオレの真横へきて、ただただオレの頭を抱えるようにぎゅっと抱きしめる。 (オレが泣くと、レイは罪悪感感じるんだろうな…) だから余計泣きたくなんてないのに、それでも時々涙は出てしまう。 それでもひと月、ふた月と少しずつ日々をこなしていると、段々日本を思い出してもほとんど涙は出なくなった。 そしてそうなる頃には、寝る時はレイとベッドのど真ん中で寄り添って寝るのが当たり前になっていた。 …相変わらずレイは硬い表情で、名ばかりの夫婦だけども。 そんなある日、レイから突然「今度キヨに会いたいとおっしゃってる方がいるのですが…」と言われる。 (おっしゃってる…) その言葉からして、その人はレイよりも偉い人なのだろう。 しかしレイはこの国の王子だし、国王様や兄王子などは身分が上でも家族だからレイはそんな畏まった言葉遣いをしていないので、キヨには全く心当たりがなかった。 「…どなたですか?」 「この世界で1番の大国の神子様です。シン様と呼ばれているの方で、現存する神子様の中で1番初めにこの世界に来られた方です」 「シン様…!」 世界で1番の大国の神子様。 神子は能力の保全と安全のために極力国外に出ないようになっていると聞いていたから、他の神子様に会うことができるなんて思いもしなかった。 「…どんな方なんですか?シン様のこと、あまり詳しく知らないのですが…」 この国に来て以来、この世界のことや神子について少しずつ教わっていたが、自国に必要なことを優先的に教わっていたからシン様のことは名前と透視という神子特有な能力があることくらいしか知らなかった。 「写真は見たことがありますか?」 「ないです」 そう答えると、レイが従者さんへ目配せをして、従者さんが何冊か資料を取ってきてくれた。その中の1ページをレイが指さす。 「この方がシン様です。隣に写っているのは、もう1人の神子様のシノ様です」 「…!!」 (この人?が、シン様…) その姿を見た瞬間、身体中から懐かしい気持ちが込み上げてきて、目に涙の膜が張っていく 。 年齢はキヨより少し上に見えるが…黒い髪にこげ茶の瞳、そして彫りの浅めの顔。これはどうみても… 「日本人…っ」 シン様だけじゃない。シノ様もだ。 2人とも、キヨの目には日本人の男性に見えた。 「ニホ…ヂ…?」 「日本人!日本人でしょ、この2人!オレのいた国と同じところから来たんじゃないの!?」 キヨは感動のあまりいつもと違った口調になっていたが、興奮していて自分では全く気付いていない。 「…すいません。最初の方の言葉は、キヨの名前のように不思議な音に聞こえてわからないのですが…お2人とも、同じ国から来られたようです」 「やっぱり!!」 やっぱりそうだ、日本人だ! 嬉しさのあまり手が震えて、目からはホロリと涙が伝った。 「会いたいです…早く、会いたいです…!!」 オレがまた泣き出したからか、一瞬レイが言葉に詰まった。 「…っ、わかりました。早急に先方にお伝えしますね」 「よろしくお願いします!!」 日本に帰れないとようやく受け入れた矢先に、まさかこの世界で日本人に会うことができるなんて。 その日の夜、興奮のあまり寝付けないでいると、泣いてもないのにレイに頭をぎゅっとされる。 思わず「え…なんで?」と言うと、「早く寝てください」と言われてしまった。 なんだか夫婦というよりも、レイにとってオレは子どもみたいに思われてるんじゃないだろうか。 心外である。 …が、そのお蔭でその後すぐに眠れたので、子どもと思われてもしょうがないかもしれない。

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