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introduction-3

日本の主要機関が集まるその一角に、それはあった。 まるで、そこだけが中世のヨーロッパへタイムスリップしたような、四方全てを広大な深紅の蔓薔薇(つるばら)で張り巡らされたそれは、美しさを通り過ぎて不気味な要塞にさえ見える。 決して外からは中を覗くことができないそれを世間では、ガードの固い蔓薔薇から“秘密の薔薇園”と呼んでいた。 噂によると、蔓薔薇のその内には巨大な白亜の洋館があり、アルファの中のアルファ、つまり将来の超エリートと呼ばれる選ばれしアルファのみが通うことを許された育成機関であるという。 あくまで噂の域での話しだったが、こうして莉宇が初恋のアルファ様に逢いにここへ来たということは、本当に超エリートアルファを育成する機関なのかもしれない。瑠輝は、自身が暮らすオメガのみのシェルターとはまるで正反対の施設みたいだと思った。 ある程度、世間から遮断された環境に置かれている点については、アルファもオメガと同じで、もしかするとその中で生きづらさを感じているのだろうか。そう想像を巡らせると、少しだけ同族意識を持ち、アルファに同情できた。 だがしかし、超エリートアルファたちは瑠輝たちのような捨てられたオメガとは生まれながらにしてその扱いが違うことを思い出す。 アルファとしてこの世に性を受けた時点で、超エリートでなくとも社会的に地位のある組織のトップへ君臨し、華やかな将来が約束されているのだから。 誰からも必要とされずに、シェルターへ連れて来られた瑠輝たちとは違うのだ。 得も言われぬ複雑な想いが溢れ、瑠輝はそれを何とかやり過ごす為にきゅっと唇を強く噛む。 同時に、項を噛まれることを防ぐ為に首へ付けられた頑丈なネックプロテクター、否、首輪が付けられた辺りをそっと学ランの詰め襟の上から掴んだ。 何が、性差別のない社会を作ろう、だよ。 瑠輝は、倫理の授業で習ったお決まりの文言を心の中で嘲笑った。 オメガがアルファに捕食され続ける限り、瑠輝は本当の意味での性差別はなくならないと感じている。 アルファもオメガも平凡なベータに比べて希少種とは言われているが、少なくとも(つが)う両者がいる限り、それら全てがこの世から絶えることは、まずないだろう。イコール、瑠輝みたいな誰にも望まれずシェルター行きのオメガが産まれる可能性だって、ゼロにはならない。 瑠輝は、自身の生い立ちから絶対にアルファとは番たくなかったし、子どもも欲しくなかった。 「――アルファなんて嫌いだ。行きたくない」 思わず本音が口をついて出てしまう。 同時に、瑠輝は胸の辺りに痛みを覚えた。 甘く濃厚な薔薇の香りを近くに感じ過ぎたせいだろうか。いつも薔薇の香りを嗅ぐと、ツンとする程度の胸の痛みが、ズキと重苦しい鈍い痛みへと変化していた。 瑠輝はまずい、と思った。

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