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another night

 白夜は雪のように真白なカクテルに口をつけると、一気に飲み干した。 「父がね」  言いながらテーブルにグラスを置く仕草は、それが当然であるかのように美しく滑らかで、俺は息を飲む。どうということもない仕草なのに、目が離せない。彼がマジシャンだからだろうか。彼の所作の一つ一つに惹きつけられる。それはどうしようもなく抗えない衝動だった。 「プロのマジシャンだったんです。小さい頃からぼくにいろんな手品を見せてくれて。たくさんの笑顔をくれました。その影響か、ぼくもいつか手品で人を笑わせたい。一瞬でも、世の中の嫌なことを忘れさせるような、そんな人間になりたいって思うようになって」  その時初めて、彼の子どもっぽい無邪気な笑顔を見た気がした。  しかしその笑顔はすぐ消えて、いつもの余裕たっぷりな顔に戻る。 「これがマジシャンを目指した動機です。笑っちゃうくらい単純でしょう?」 「素晴らしいと思うよ。君も、君のお父さんも」 「ありがとうございます。きっと父も喜んでいると思います」  白夜の言い方に違和感を感じ、まさかと思って顔を上げる。すると白夜は「僕が大学生の頃、癌で亡くなりました」と静かに言った。 「……そうだったのか」 「だから父は知らないんです。ぼくがプロのマジシャンになったことも――ぼくがゲイだということも、今はこんなに素敵な恋人がいるということも」  寂しげな表情が薄暗い照明の中でもはっきりとわかる。俺は今すぐに白夜を抱きしめたくなった。それと同時に、彼の父親への感謝の気持ちで胸が満たされる。 「ちなみに母親はぼくがマジシャンになった時も、ゲイだと打ち明けた時も、『あなたの人生だから、あなたの生きたいように生きなさい』とかなんとか。笑って言ってましたね」 「そうか」 「多分父も、生きてたら母と同じようなことを言うと思います。二人とも考え方がそっくりでしたから……って、村瀬さん?」  俺は、気づけば白夜の頬に触れていた。そしてゆっくり唇を近づける。  理由は自分でもわからない。ただ、愛しいと思ったから。それだけだ。  だが、ここはゲイバーじゃない。というより、人目がある場所でなんてことを。やめろ、やめるんだ――そう言い聞かせて自分にストップをかけようとするが、無意識の欲望は止まらなかった。 「村瀬さ……っ」 「お待たせしました村瀬様、当店自慢のオリジナルカクテル、“チェリー・チェリー”です。……おい白夜。ステージが終わったからってイチャついてるんじゃない。そういうことはおうちかホテルかバックヤードでやれ。いいな」  俺ははっとしてカウンターにいる大柄な男性に目をやった。笑顔を浮かべてはいるが、心は笑っていない。彼はこの店、『マジックバー・夜の魔法使い』のマスター、武井。  差し出されたカクテルはサクランボが浮かんだ可愛らしいカクテルだった。 「わ、悪い。俺のせいで……」 「いえいえ。マスターからお小言を言われるのは慣れていますから。それより」  今度は白夜が俺の耳元に顔を近づける。 「……さっきの続き、どこでします?」  囁かれて顔が熱くなる。アルコールのせいじゃないことは確かだ。  答えに窮する俺を見てくすくすと笑う白夜が、このときばかりは憎々しくて仕方がなかった。

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