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第1話
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クラスで仲のいい友達に誘われて、小学生からバスケをやってきた。市内にある少年団のクラブを経て、中学でも迷うことなくバスケ部に入り、それなりに活躍した。お蔭で全国大会の試合でスタメン入りし、その流れで高校は推薦で入学。
中学同様に活躍できると思っていた。あのときまでは――。
「昨日寝坊しちまって講義に出られなかった分のノート、写させてくれよ」
机に頬杖をつきながら足を組んでこちらを見据える姿は、人にものを頼む態度にまったく見えない。むしろ、どんどん不快感が増していった。
「俺じゃなく、他のヤツに頼めば」
「チームメイトのよしみで頼むって」
早く差し出せといわんばかりに、左手を見せる。
加賀谷将紘(かがやまさひろ)――容姿端麗なこの男は、特待生としてここに入学してきた。
イケメンで背がそれなりに高く、どんなところからでもシュートを確実に決める、黄金の左手(レフティ)を持つバスケ選手だった。
だからこそバスケ部ではエース級の存在になれるというのに、面倒くさいのひとことで練習をズル休みする。大学の講義もまた然り。特待生で大学に入ったとは思えないこの態度も、人としてどうかと思われる。
俺はずっと続けてきたバスケの技術をあげたくて、県外にある体育大学に入学した。
県大会で何度も優勝している大学での練習は、とてもためになるものが多い上に、講義内容もメンタル面の強化に役に立っている。スキルアップを図るべくして、眠い目を擦りながら、毎日大学に顔を出しているというのに。
「練習に参加しないヤツが、チームメイト面すんなよ」
「だってここでの練習って、怠くてやってらんねぇし」
「俺だっておまえのために、講義に出ているわけじゃないんだからな!」
教員がくるまであと少し。なんとかして、この男を隣から追い払いたかった。
「知ってる。写させてもらうお礼に、間違ってるとこをきちんと直してやるからさ」
バスケがうまいのもさることながら、見るからに容姿端麗なコイツは、めちゃくちゃ頭がいいというのを、同じ高校から入学したチームメイトに聞いていた。講義を受けていなくても、渡したノートを見ただけで、その内容を理解できる能力は羨ましい。
凡人である自分を恨みながら、差し出されている手にルーズリーフ数枚乗せてやった。
「渡すもの渡したんだから、別な席に移動してくれ。そばにいるだけでイライラする」
こんなことをわざわざ言わなくてもいいのが分かっているのに、口から次々と文句が出てしまう。
「写し終えたこれを返すのめんどいし、おとなしくしてるから、ここにいさせろよな」
俺の要望をしっかり無視して、ダルそうに講義内容を写し始める。
「おまえ先週末の練習試合、どうして遅れて来たんだ?」
隣から排除できなかった苛立ちが、言葉になって出てしまった。
「だって補欠だし。最初からいたって試合に出られないんだから、しょうがねぇだろ」
「特待生のくせに、ずっとベンチに居座り続けてる姿、すっごく格好悪かったぞ!」
「ずっとじゃなかっただろ。ピンチになってから、ちょっとの間だけ試合に出たし」
「そのちょっとの時間があまりにも短くて、記憶に残らなかった」
この男が放つ外すことのないスリーポイントシュートを何本も決めれば、点差がどんなに開いていても、あっという間に試合がひっくり返ってしまう。勝ちが見えてしまったら、早々に交代させられる選手としての扱いは、もしかしたらつらいものがあるのかもしれない。
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