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「運命の男② 見る女」

 実のところ、俺は誰も殺してはいない。  佐々木の持ってくる「殺してもバレないような人間の書かれた紙の束」は増える一方だ。誰かを殺してしまったら、俺は満足し、人生を終わらせたくなってしまうかもしれない。俺の叔父のように。叔父は妄想の中で何度も俺を犯し続けたのだと思う。実行すべきではなかったのだ。夢のような妄想を続けていれば、この先の人生にこれ以上の愉悦がないことを知らずにいれたのに。夢は叶えてしまうと絶望しか残らない、叔父はそのことを分かっていたのだろうか。  探偵業といっても、大した仕事はしていない。看板を出しているわけでもない。叔父の昔の探偵仲間からつまらない仕事をつまらない報酬で続けている。糊口をしのげるわけもなく、必然的に何人かのスポンサーを持つことになる。幸いにも俺の見た目は標準以上で、金を払うに値する、というわけだ。  長澤はスポンサーの一人だ。繁華街の女医。篤志家から金を集め、貧乏人を診療する正義の女医。婚約者は国境なき医師団だかなんだかの高尚な意志を持った夢ばっかり語ってる背の高いつまらない男で、俺が探偵業を始めたころ、食えなくて行き詰っているときに俺を買った男。長澤は俺とその男の情事を盗み見て興奮するような変態女医で、長澤の婚約者の男が高尚な意志のもとに海外に飛び立った後、俺のスポンサーとなった。  長澤と俺の間には何もない。ただ定期的に俺の血液検査をする。 「性病とかね、あと肝炎とかも、怖いのよ。そういうところ本当に無頓着。」  一本二本と俺の血を抜きながら、うっとりとした目をして唇を濡らしてそんなことを言う。俺と、長澤の男の情事を見ていた時と同じ目だ。この女は、人を殺すとき、こんな目をするのだろうと俺は思う。 「こんなに血とって、何調べるの。」 「いろいろ。だって生活不規則そうだし。」 飲むのかと思ったよ。 「長澤の独白」   私の婚約者が浮気してるのはわかってた。でもまさか相手が男だったなんて。しかも、婚約者のあんたより数倍男前。初めて、私の婚約者と探偵の情事に遭遇したとき、私は目が離せなかった。あの子供のような、肉食の草食動物みたいな異端の目をした男。あの時、私の魂は死んだのだと思う。今は抜け殻。あの男の血をいつも少し多めにとって、そっと持って帰る。冷蔵庫の、私の婚約者の隣が定位置。  あの日、今は亡き私の婚約者はくだらない言い訳を続けた。 「気の迷いだったんだ。誘われたんだよ。食うものないから金をくれって、それでシャツを脱いで、やめろ、って言っても聞かないんだ。でも、僕の首筋に手を回した時の目が、僕を殺すように、食い尽くすように、その時、魂が凍り付いて。」  つまらない言い訳に私はうんざりしていた。一通りの贖罪を続けた彼は、一緒に結婚して海外に行こう、たくさんの人を助けるんだ、子供も作ろう、幸せな家庭を作るんだ、と言った。  その時、私はこれまでに感じたことのない怒りが子宮の底の方からフツフツと湧き上がってくるのを感じた。 「あなたの生きる意味はね、あの男といること」  彼は「え」と声になるかならないような言葉を発したような気がしたけれど、私がきれいに研がれたナイフで的確に彼の心臓を何度か刺したのと同時だったから、聞き間違いかもしれないわね。  死体はバラバラにして処分した。でも、一つだけ残しておいてあげた。  あの男の血の入った小さな容器を、一つだけ残しておいた彼の身体の一部の横に並べて置く。 「あなたとあの男はいつも一緒にいるべきよ。」  

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