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一話 あなたは王子の同居人として見事に選ばれました 10

 奏は手を洗って台所に立つと、手早くうどんを作り始めた。ペットボトルにストックしてある出汁をみりんと薄口醤油で味つけする。かまぼこ、鶏肉、茹でて冷凍しておいたほうれん草、油揚げ、玉子を加えて、最後に刻みネギと天かすを加える。  できましたよ、というより早く、ミハイエルはダイニングテーブルについていた。なんだか腹ぺこの子供みたいでおかしい。奏はこみ上げてきた笑いを噛み殺した。  人を人とも思わぬ態度だが、どうやら奏の作る料理は気に入ったらしい。 「いただきます」  きちんと両手をあわせてから箸を手に取る。尊大なくせに礼儀正しいのがますますおかしい。 「これがうどんか」  ミハイエルは箸でうどんを持ち上げてしげしげとながめた。 「は、はい、小麦粉をお水と塩で練ったものを、ほ、細く切ってゆがいたものです」 「似たようなものを前に食べたことがある。あれはもっと細くていびつだったが」  どうやら魔界にも麺類はあるらしい。世界中のどこにでも麺類はあるから、魔界にないほうが不思議かもしれない。 「お、王子はどんな食べ物がお好きなんですか」  くだらない質問をするなと切り捨てられるかな、とドキドキしながら訊いてみた。 「そうだな俺は――」  ミハイエルは箸を止めて口を開いたが、ふいに言葉を切った。不思議に思って見つめてみても、それきり口を開こうとしない。黙々とうどんを食べる音だけが台所に響く。  悪いことを訊いてしまったんだろうか。それとも低脳による低脳な質問には答えたくないだけなのか。 「ごちそうさまでした」  ミハイエルは器の前で両手をあわせて、頭を下げた。  まるで日本人みたいな礼儀作法をいったいどこで覚えたんだろう。ひょっとして魔界の食事マナーなんだろうか。まさか。 「ひとつ言っておく」  低い声に顔を向けると、鋭い眼差しとぶつかった。 「俺はおまえの料理が大嫌いだ」  それだけ言い残して、ミハイエルは部屋の奥へ消えてしまった。 「大嫌いって……」  奏は閉じたドアを見つめ、次にテーブルの上の器を見つめた。器は空っぽで、麺の一本、つゆのひとしずくも残っていなかった。

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