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二話 王子って実はスケベだったんですね 2

『申し訳ありませんが、夜は用がありまして。また今度打ち合わせの時間を設けますので、お話はその際におうかがいしますね』  これで話はおしまいだと思ったのに、 『用ってどんな?』  響己は訊いてきた。 『夕食を作らないといけないので』 『夕食なら俺と一緒に食べればいいじゃない。奏くんの好きなものでいいからさ』 『夕食を作る約束をしているので。ほんとうに申し訳ありません』  奏はメッセージを打ちながら社屋を後にした。急いで帰って急いで食事の支度をしなくては。見た目によらず食いしん坊な王子様は、きっと腹を空かせて奏の帰りを待っているに違いない。  ぽん、ぽん、ぽんとメッセージの着信音が立て続けに鳴った。 『約束って誰と?』 『奏くんは独身だったよね?』 『まさかつきあってる相手がいるとか?』 『いったいいつから誰と』  ポケットにしまったスマートフォンを取り出すと、短文のメッセージがいくつも届いていた。なんだってそんなことを訊いてくるのか。少々面倒くさく思ったが、相手が作家先生なので無視はできない。 『少し前から同居している相手がいるんです』  これで納得するだろうと思ったのに、秒で次のメッセージが飛んできた。 『同居!?』 『それって男? それとも女?』 『まさか結婚前提の同棲だとか?』 『奏くんにかぎってそれだけはないと思っていたのに』 『ひどいよ。裏切り行為だよ』  荒い鼻息が聞こえてくるような文面だ。  奏は見るからにモテそうにない容姿をしているし、事実モテない。が、そこまで驚かなくてもいいんじゃないだろうか。驚きどころか、奏がモテるのが罪悪であるかのような文面だ。  王子との関係をどうやって説明したものか。奏は駅へ向かって雑踏を歩きながら考えた。  事実は話さないほうがいいだろう。最初の日にエリファスから、 『魔界の王子が人間界で人間とルームシェアしていることは秘密ではありませんが、できるだけ広めないようにするつもりです。もしも知られたらマスコミが取材で押しかけてくるでしょうし、王子がそれに上手く対応できるとは思えませんから。それにここへ取材陣が押しかけたりしたら、奏様にもご迷惑がかかります。奏様も物見高い連中が押しかけてくるのはお嫌でしょう?」  そう言われている。ミハイエルが取材を受けるだけならともかく、奏まで同居人としてあれこれ訊かれるかもしれない。マスコミの前でコミュ障っぷりを晒すのはごめんである。 『甥っ子が東京の高校に合格しまして。卒業までうちで暮らすことになったんです』  響己を騙すのはいささか良心が痛んだが、これも己のメンタルを守るためだ。嘘も方便。嘘は世の宝である。 『あ、なーんだ。それを先に言ってよ。泣いちゃうところだったじゃない』  いまのやり取りのどこに泣く要素があったというのだ。 『そっか甥っ子くんか。よかった。じゃ、食事はまた近いうちにいこう。今度は前もって誘うから』  まさかまた響己の奢りだろうか。担当作家にたびたび奢ってもらっていると編集長に知られたら、大目玉を食らうかもしれない。いくらプライベートのつきあいとはいっても、しょせんは作家と編集者だ。奢ってもらうのは前回で終わりにしなくては。 『次こそは作品の打ち合わせをしましょうね。では、これから電車に乗るので失礼します』  メッセージを送って電源をオフにする。  奏はスマホをポケットに突っこむと、渋谷駅の中央口を入っていった。

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