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第6話 発情期なんかじゃありません!・5
「それじゃ、そろそろ俺も買い物してこようかなぁ!」
レストランで昼飯を終えて満腹になったところで、いよいよ炎珠さんが本気を出したらしい。付いて行った先にあったのは、割と大きな手芸用品売り場だった。
「取り敢えず、一軒目はここ!」
「何か作るんですか?」
「うん。結局、那由太の体に合わせた服を作るのが一番だと思ってね。可愛いデザインの服があっても、サイズが合わなかったら意味ないから」
どうやら一から素材を揃えて俺の服を手作りしてくれるらしい。炎珠さんが家庭的なのは知っていたが、まさか裁縫までできるとは。
「昔はコスプレ衣装とか自分で作ってたからさ。イメージはもう決まってるから、ちょっと待っててね」
言いながら買い物かごにポンポン商品を入れて行く炎珠さん。
レース、リボン、ファー、……鈴。
「すいませーん。この可愛い紫の生地、カットお願いします」
「……はあ」
もはや何を言ったところで炎珠さんの情熱は止められないのだろう。今日はこれを目的にして来ただけあって、物凄く生き生きしているし。
刹が俺の腕を掴んで店から出し、炎珠さんに声をかけた。
「炎珠。俺ら暇だから別んとこ行ってるぞ」
「それじゃ買い物終わったら連絡するから、那由太のことちゃんと見ててね」
「おう。さっき言ってたケーキ買いに行ってくるわ」
「………」
刹に手首を握られて歩くのは何だか恥ずかしかった。周りから見たら連行されているようにしか見えないだろうけれど、ぶっきらぼうでストレートな愛情表現をしない刹の不器用な手の繋ぎ方という感じがして……ちょっと照れ臭い。
「……顔、赤くねえか」
「へっ? ぜ、全然? 大丈夫ですけど?」
歩きながら刹を見ていたら、ぼんやりモードになっていたところを逆に見られてしまった。
「変な奴」
「だって……」
正面に顔を向け、口を尖らせる。
「……刹がギュッて握るから、熱くなるんです」
「………」
恥ずかしさからつい文句みたいな言い方になってしまったけれど、嘘は言っていない。手首を握られていると歩きづらいし、刹の握力に締め付けられて若干痛いし、それに、人の目だって気になるし。
実際、すれ違う人達の何人かは俺達のことをチラ見しているのだ。
「那由太」
俺の手首を離した刹が、そのまま肩に腕を回してきた。
「わっ」
歩きながら引き寄せられ、少し腰を曲げた刹が俺の耳に囁く。
「とんでもなくエロいこと口走ったの、気付いてねえだろ。……お前さては発情してんじゃねえのか」
「……えっ」
いつもの冗談めかした様子ではなく、真剣に刹はそれを言っている。聞き間違いかと思って彼の顔を見上げると、「これもフラグか」なんて益々赤くなってしまいそうなことを言われた。
「はっ、は、……発情なんかする訳ないでしょうが!」
「してるだろ。俺に触られるのを想像して、頭ん中でオナニーしてる」
「そんなことしてないですっ!」
小声の絶叫とはこういうことを指すのだろう。俺は刹の腕を振りほどいて距離を取り、反射的に自分の体を抱きしめた。
「何だ、違うのか。期待して損した」
「……変なこと、ばっかり言って……」
ぶつぶつ言いながらも、左胸は無視できないほど高鳴っている。
隣を歩く刹の腕の筋肉とか、しゃがんだ時の背中から腰のラインとか、ケーキを選んでいる眠たげだけど真面目な目とか、……って、何をこんなに意識してるんだ俺は。
「炎珠のアホはショートケーキでいいか。俺はコーヒーゼリーにしよう」
その低い声とか。だるそうな喋り方とか。──いや、もういいってば!
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