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第76話

翌日、体調が全快した俺は凪さんと出勤した。 中林さんに謝って、平日最後の日を過ごす。 「体調が悪かったらすぐに言ってね。」 「ありがとう」 中林さんは俺と専務が同じタイミングで一週間も休んでいたことで何があったか察してくれている。 ちょっと恥ずかしいけど有難い。 この前はお礼でランチに行こうとして行けなかったから、今度こそ何かお礼をしないといけない。 これからも三ヶ月に一度、一週間程度休むことになるんだし、普段はもっと中林に迷惑をかけないように頑張らないと。 「堂山君、これ経理部に持って行ってきます。」 「あ、俺行きます!」 「え、いいの?」 大きく頷くと、くすくす笑った中林さんがファイルを渡してくれる。 受け取って軽く会釈をし、エレベーターまで向かう。 このファイルは経理部の橋本さんに渡すらしい。 経理は確か六階だった。 エレベーターに乗り、下におりて着いたフロア。 経理部で橋本さんを探し、見つけたその人はとても容姿の整っている男性だった。 黒い短髪と切れ長の目が黒猫を彷彿させる。 少し緊張しているのは、凪さん以外の男性と話すのが久しぶりだからだ。 「お疲れ様です。賀陽専務付き秘書の堂山です。資料をお持ちしました。」 「橋本です。あ、そのファイルか。ありがとうございます。」 椅子から立ち上がった彼の身長は俺を優に超していて、少し見上げる形になる。 目が少し、凪さんに似ている気がした。 「いえ、それでは。」 会釈して、来た道を戻る。 橋本さん。何だか少し不思議な雰囲気をしていた。 少し冷たそうな外見をしているけれど、話せばそんなことは無かった。とはいってもたった一回のしかも数秒間の会話だから、どんな人かなんて全く分からないけれど。 自分の席に戻ると、中林さんが俺を見てニヤニヤしていた。不思議に思って「どうかしました?」と聞くとそばに寄ってくる。 「橋本さん、格好良かったでしょ?」 「あー……身長が凄く高かったです。」 「堂山君には専務がいるもんね、他の人格好良いとか言ってられないよね。だって専務はあの容姿だもん。……でも橋本さん、結構人気なんだよ。噂によるとアルファらしくて」 「アルファですか……」 「冷たそうに見えて実は普通の人で、それどころか優しいって。」 あまり興味が無い。 俺には凪さんという人がいるから。 橋本さんがアルファで人気があろうとなかろうと、番持ちの俺には全く関係のない事だ。 「でも、久しぶりに専務以外の男性と話したんで、ちょっと緊張しました。」 「そうなの?友達は?」 「実は連絡とってなくて……。」 大学までの友達も、本当にそこまで。 三森だって仕事で付き合いがあっただけ。 「気軽に話し合える男性の友人がいたらいいんですけどね。」 「……橋本さんと仲良くなれば?」 「いやいや、無理でしょ。」 苦笑を零すと、中林さんも「そりゃあそうか」と言って席に戻って行った。

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