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第3話 籠の中の鳥③
僕の娯楽は、知識制限をされているΩにも許されている内容の本を、ソファに座って読む事だけだ。現在読んでいるのは、王都の街並みについての本で、簡単な挿絵がついている。
「パイプと水路で出来た街なんだ」
ページを捲りながら、僕は首を傾げた。水路は、『青銅色』らしい。青銅色とは、どんな色なのだろう? パイプも水路も、黒いインクで描かれているから、上手くイメージ出来ない。
「温室にある、青い花みたいな色かな?」
僕は、自分に分かる色を、あれこれ脳裏で組み合わせた。青と紫、白、そして黒は、僕にも分かる。それらは温室に咲く、夜蝶花 の色だからだ。魔力が宿っている植物で、僕の生まれつき持つ魔力を更に高めてくれるらしい。僕が身に纏っているローブにも、同様の効果がある。隔離保護されているΩの中で、特に魔力を持つ者は、自然界に溢れる魔力や人工的な魔力繊維などに触れる事で、魔力量を高められるらしい。
「ええと……交通は、馬車と船と蒸気機関車……蒸気機関車って何だろう?」
馬車と船には挿絵があったが、蒸気機関車にはそれが無い。何度も首を捻りながら、僕は読み進めた。その内に眠くなってきたので、僕は本を閉じて、テーブルに置いた。
入浴は済ませていたので、真っ直ぐに寝室へと向かう。ベッドメイキングは、僕が温室で見学者達に見られている時に、塔の人々が行ってくれる。綺麗に敷かれたシーツの上に寝転がり、僕は薄手の毛布にくるまった。そして、唯一の私物である、巨大なテディ・ベアを抱きしめた。
テディ・ベアは、クマのぬいぐるみだ。バース性と魔力が英国で発見された時期に、米国で名付けられたらしい。歴史書は、十九世紀のものまでは、知識制限をされているΩにも閲覧が許されている。
国に僕を、多額の金銭と引き換えに差し出した日、両親が僕に与えてくれた品だ。僕はそれを抱きかかえて、誕生日のその日、この塔へと連れてこられた。四歳の時だった。バース性は、四歳時点の性差検査で判明する。嘗ては十代になり発情期が来なければ分からなかったそうだが、今ではΩの隔離保護政策に伴い、より精密な検査が行われるようになったそうだ。他に僕が、両親に貰ったものは、『キルト』という名前だけだ。もう僕は、両親の顔すらも思い出せない。
それでも、僕は優しい両親が好きだったように思う。テディ・ベアを抱きしめながら、僕は微睡んだ。クマのぬいぐるみが付けている緑のリボンを見た時、見学者の青年の瞳の色を漠然と思いだした。
「なんだったんだろう、あの香り」
甘く思えるのに、どこか爽快さを感じさせる香りだった。温室には花の匂いが溢れかえっているし、過去にはガラス越しに誰かの香りを感じた事も無い。
「気のせいだったのかな」
きっと、そうだろう。僕は忘れる事に決めて、しっかりと目を閉じた。すぐに睡魔は訪れて、僕は闇に飲み込まれた。
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