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第1話

 街中が華やかなイルミネーションと音楽に彩られている。今日はクリスマス・イヴ。どこを見渡してもカップルカップル、カップルの山!・・・恋人同士にとってクリスマス・イヴは、三大イベントの中でも、バレンタインと甲乙付け難いほど大切なイベントなのだそうだ。そんな中俺はと言えば・・・ 「カラオケ~、カラオケどうです~?」 寒空の下、サンタクロースのカッコをさせられ、もう二時間も客の呼び込みをしている。手足は冷え、持っている使い捨てカイロもそろそろ冷たくなってきた。 「はぁ~、今日は収穫なしかなぁ・・・」 そりゃぁそうだ。洒落たレストランで飯食って、軽くバーかなんかで飲んで、リザーブしてあったホテルに直行。これがイヴの定番だ。こんな日にカラオケ行くなんて、モテない奴くらいなもの。 「キャハ~、サンタだ!」 「ホントらぁ~、サンタらぁ~」 ヘベレケに酔った女が二人、俺に近づいてきた。 「ねぇねぇサンタさん。サンタさんのカラオケ屋さん行ったら、一緒に歌ってくれる?」 「いゃぁ~、俺、仕事中なんで、それは・・・」 「なんれよ!サンタなんらからプレレントちょーらい!」 「サンタさんは、良い子にしかプレゼントあげないんだよ」 そうだよ!お前らみたいゲスい女に、誰がプレゼントなんかやるもんか! 「ささ、サンタさんのお仕事の邪魔しないでね!」 二人に背中を向け、俺はさっきよりもっと大きな声を張り上げた。 「カラオケ~、カラオケどうですかぁ~?」 後ろでは女達が悪態をついていた。 「何よ、ケチ!」 「どケチサンタ!」 うるせっ!例えお前らが絶世の美女だとしても、俺はお前らなんか誘わねぇよ。だって俺は・・・ 「兄ちゃん!」 会社帰り、或いは忘年会帰りなのか、数人の男が声を掛けてきた。 「どうです、カラオケ。今年の憂さは今年のうちに!パーッと歌って流してしまいましょう!」 「おっ、兄ちゃん上手いこと言うね」 「じゃあ部長、このカラオケ店にしますか?」 「おお、そうしよう。ところで兄ちゃん、何かサービスはあるのかい?」 「それは・・・」 「あるに決まってるじゃないですか、ねぇお兄さん?」 「そうだ!サンタなんだからサービスしろ!」 サンタだからサービスしろって、どういう発想だよ。部長だかなんだかしらないけど、部下前にしてセコイこと言うなっての! 「はい、勿論ありますよ。この名刺を受付に出しますと、飲食代が二十%オフになります」 「何時間でも?」 「はい、今日はクリスマス・イヴなので!」 「やったー、サンタさんからのプレゼントだ!さぁ、部長!」 「よーし、今夜はオールだ!お前ら、ついて来いよ!」 高笑いした部長に数人の部下が、まるで金魚のフンみたいにくっついて行った。サラリーマンの哀しい縮図だなぁ~。まぁ、俺には関係ないけどね。とりあえず、一組確保っと! そう思った時、俺の目の前を、一組のカップルが通り過ぎようとした。 「そこのお二人様!」 「俺達?」 「そう!そこの美男美女のカップル様!」 女はそこそこだが、男はだっせー!この女、よくこんな男と付き合ってるな。だからって俺にしない?とは、口が裂けても言わない。 美男美女と言われ気を良くしたんだろう。男が話しに乗ってきた。 「これからどこ行くの?バー、それとも・・・?」 「いや、まだ決めてないんだ」 「だったらうちの店にして下さいよ。その美声で彼女酔わせちゃって!」 「俺、そんな上手くもないけど・・・」 「そんなことないわよ」 「ほら、彼女さんもこう言ってるじゃないですか」 ここでもう一押し。彼氏の腕を掴んで小声で囁いた。 「この名刺受付で出したら、飲食代金二十%オフですよ」 「ホント?」 「はい、今日はクリスマス・イヴなので!」 「じゃあ、カラオケ行こうか?」 「うん!」 はい、二組目、毎度あり~! この調子で三組目も・・・あれ、雪だ・・・ 見上げると、東京では珍しい、花びらのような雪が舞ってきた。どうりで冷えるはずだ。 「今何時だ・・・ふぇ~、あと一時間以上あるよ、交代まで・・・」 と、嘆いても仕方ない。書き入れ時なんだから店手伝えと親に言われちゃ断れないよな。俺って孝行息子だから。だけどさ、バイト代一銭ももらえないってのはどうなんだ?いくら家の仕事だからってそこはおかしくないか?この世には、神も仏もいないのか???そう思った瞬間、突然そいつは現れた。 「達ちゃん!」 「ん?」 誰だ、こいつ・・・? 「憶えてない?中学の時同じクラスだった・・・」 「あー、もしかして中澤!」 「そう、思い出してくれた?」 「あんまりキレイになったから一瞬誰だかわかんなかったよ。」 「また、巧いこと言って」 いや、本当にキレイになった。あの頃は確か、おかっぱ頭に銀縁眼鏡かけてたんだよな。その中澤がここまで化けたか・・・女は恐ろしい・・・ 「なんだ一人で。誰かと待ち合わせか?」 「ううん、一人だよ。今、仕事の帰りなの」 「もう、働いてんだ」 「うん。短大出てすぐ。達ちゃんは?」 「俺?S大通ってる」 「わぁ、そうなんだ。相変わらず頭いいんだね」 「そんなことないけどさ」 「今日は何、バイト?」 「じゃなくて、親にコキ使われてる」 「コキ使われている?」 「そっ」 俺は自分んちのカラオケ屋を指差した。 「あー、達ちゃんの家、カラオケ屋さんだったもね」 「よく憶えてるな」 「そりゃぁ・・・」 ん?なんだ?顔背けて頬染めるような話じゃないぞ? 「あ、良かったら歌ってかないか?今日は飲食代金二十%オフなんだ。って、一人じゃつまんないか。なんなら今から彼氏呼ぶとか?」 「そんな人、いないもん・・・」 えー、噓だろ。世の男共はどこに目つけてるんだ!俺が女好きだったらソッコーGETしちゃうぞ! 「達ちゃん、何時までお仕事なの?」 「何時って決まってないけど、まだ交代時間まで一時間以上あるし、それに・・・」 「そっか。それじゃ、交代時間になったらどう?・・・」 「どうって、何?」 「予定ないなら、その、私と・・・」 おいおいおい!話が変な方向へ行きだしたぞ。もしかして中澤、俺のこと好きなのか!?いやいやいや、それは自意識過剰だ。だけど、待てよ・・・そういえばあの頃、中澤が俺好きだって噂流れたことあったような・・・なかったような・・・ 「あー、誘いは嬉しいんだけどさ、俺、今夜はオールで仕事なんだ。呼び込み終わっても厨房とかの手伝いあんのよ」 「そうなんだ・・・」 中澤は心底残念な顔をしてこう言った。 「何年も経って偶然に再会出来たでしょう。達ちゃんサンタさんのカッコしてるし、これはもしかしたら神様がくれたプレゼントかと思ったんだけど、違うんだね・・・」 「・・・ごめん」 たとえ時間があったとしても、俺は君の気持ちには応えられないんだよ。だって俺は・・・ 「うん、わかった。お仕事、頑張ってね。」 「ああ。中澤もいい人見つけろよ」 一瞬、泣きそうな目を俺に向け、軽く手をふり中澤は人混みに消えて行った。 「悪いことしちゃったな」 「達生君」 「国見さん!」 「可愛いサンタさんがいると思ったら達生君だ」 「可愛いって・・・男に可愛いは酷いですよ」 「でも、事実だからね」 「・・・・・・」 「ところで今の彼女、気にしないほうがいい」 「見てたんですか!」 「君は彼女を好きになれないんだから仕方ない、違う?」 「まぁ、そうなんですけど・・・」 「クリスマスだからって、なんでも願いが叶うわけじゃない・・・」 普段の国見さんからは想像も出来ない弱気発言に、俺は正直驚いた。国見さんでも弱音吐くんだ・・・ 国見さんは、俺が普段バイトしてるカフェの常連で、その近くにある大学の準教授だ。モデルか俳優と見間違うほどいい男で、洋服のセンスも抜群の、完璧な男。その国見さんに、俺が密かな恋心を抱いていることなんて、勿論国見さんは知らない。 「それよりこんなとこで何してるんだ?」 「家の手伝いっす」 「家?」 「俺んち、ここのカラオケ屋なんで」 「家の手伝いってカラオケ屋のことだったんだ・・・」 「えっ、何か言いました?」 「いや、何も・・・」 「国見さんこそ、こんなところで何してるんすか?」 「ん~」 「今日クリスマス・イヴっすよ?彼女、放っといていいんですか?」 「俺、彼女なんていないよ」 「またまたぁ~!国見さんほどのいい男が、彼女いないわけないじゃないですか」 「と言われても、いないものはいないんだよ」 「じゃあ、カラオケ、どうです?」 「一人でかい?」 「あー、やっぱそうなりますよね」 「達生君は何時まで仕事?」 「いやー、特に決まってなくて・・・とりあえず交代まであと一時間くらいです」 「そうか。その後は?」 「店の方でバタバタしてると思います。」 「わかった。じゃあ、仕事頑張って」 「あっ・・・」 国見さんは振り返りもしないで繁華街へ消えた。 「なーんだ、ちぇっ・・・」 クリスマス・イヴに会えたなんて、中澤じゃないけど神様からのプレゼントかと思ったのに・・・そんな巧い話あるわけないよな・・・ 雪はあいかわらず降り続け、冷えた身体をなお冷たくしてゆく。身体だけじゃない。心の方がもっと、寒い・・・ 国見さん、彼女いないとか言ってたけど、なんか急いでいたな。あれはやっぱり社交辞令なんだろうか・・・ それからしばらくして、店が満室になったから戻っていいと言われた。 戻ったら戻ったで、オーダー取りや料理作りにバックルームはてんやわんや。当然俺も手伝わされるわけで、バタバタ動いているうちに、冷えた身体が一気に熱くなった。 「達生、十二番オーダー入った持ってって!」 「はーい・・・」 「そんな仏頂面して行くんじゃないよ!」 「わかってるって」 とは言ったものの、さっきの国見さんの背中が忘れられない。国見さん、どこ行ったのかな、誰と会ってるのかな・・・ 「お待ちどうさまで・・・!?」 「待ってたよ、達生君」 「国見さん!どうしてここに?」 「今夜は店の手伝いだって言ってたろう?だったら部屋で待っていれば会えると思ってね」 「い、いや、でも・・・」 どうして国見さんは俺を待っていたんだ? 「迷惑、だったかな?」 「迷惑だなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」 そう、迷惑どころか、嬉しすぎて泣きそうだ。 「あの、国見さん・・・さっきは偶然通りかかったんですか?」 「そう偶然。朝の占いで、人混みに行けばいいことあるって言ってたんでね。イルミネーションのキレイなとこでも出かけてみようかってさ。」 「そうなんですか」 「そしたら達生君に会えただろう?あの占い当たるね」 国見さんの優しい笑顔に、俺はまた泣きそうになった。 「でも、どうしてここに来てくれたんですか」 「ちゃんと話したいから、それじゃ答えにならないかな」 そういって国見さんは小さな箱を俺に手渡した。 「これ・・・開けていいですか」 「どうぞ」 小箱の中には、キレイな細工がされたシルバーのブレスレットが入っていた。 「えっ、こんな高そうなもの、俺もらえません」 「これがどういう意味なのか、まだわかっていない?」 「え?」 「今日はクリスマス・イヴだよ」 「はい・・・って、まさか」 「もう俺の気持ち、とっくに知ってると思っていたんだけどな」 えっ、えっ、えーっ!!!知るわけないじゃないですか!国見さん、一度だってそんな素振り見せたことないじゃないですか! 「それとも、迷惑だった?」 出た、本日二度目の迷惑! 「迷惑じゃないです、ないけど・・・」 「けど?」 「国見さんが俺好きだなんて、信じられません・・・」 「じゃあ、これなら・・・」 俺の肩を抱き寄せ、国見さんは頬にキスをした。 「っ・・・」 「まだ信じてもらえないかな」 「し、信じます!」 「良かった・・・」 国見さんの優しい腕が俺の身体をすっぽりと包み、その瞬間柔らかな唇が重なった。 「俺の恋人になってくれる?」 国見さんに告られるなんて、最高のプレゼントだ・・・ 「はい・・・」 聖なる夜、俺達の恋は始まった。

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