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第7話

 彭に案内されつつ、中華街をそぞろ歩く。 善隣門を潜り、まずは関帝廟にお詣り。  中国式の長い線香を買い、香呂に立てて、手を合わせる。もうもうと辺りを包む煙を手で払いながら、遥が目をこすりながら言う。 「ラウルもお詣りとかすんの?!」 「まぁ、オヤジに連れられてよく来たからな」  あの頃は、日々の平穏を祈り、いつかオヤジみたいなデカい漢になれることを祈った。今は、やはり日々の平穏を祈って....ミハイルの無事を祈る。関羽は劉備を置いて死んじまったけど、俺はミハイルを関羽を失った劉備にはしない。いや、キャラ的にヤツは劉備じゃない。どっちかと言えば...。 ー多才で、悪も平気でこなす....て、もろ曹操じゃねぇか....だとすれば、俺の役処は夏候惇あたりかー 「ラウル、何ぶつぶつ言ってるんだ?」  遥が不思議そうに俺の顔を覗き込む。俺は思わず笑って誤魔化した。煙に目をしばたたかせながら、大通りに出ると、老舗の茶房の店先でほかほかと湯気が立っている。何段にも重ねた蒸籠から美味そうな匂いが漏れてくる。 「あれ何?」 「豚まんだな。あそこの店は有名なんだ。食ってみるか?」 「うん!」 遥がとびきりの笑顔で頷く、彭に頼んで、豚まんをふたつ買ってもらい、さっそくにかぶりつく。 「美味いか?」 「美味い。肉汁すげぇ...」  子供みたいな顔をして笑う遥は本当に可愛い。もっとのびのび育ててやればいいのに....とオヤジ臭いことを考えてしまう。まぁ、遥から比べれば俺はじゅうぶんオヤジだからな....見た目はともかくとして。 「粽も食うか?」 「食いたい!」  笹に包んだ三角粽を括った麻紐をぷらぷらさせながら、いろんな店先を冷やかして歩いた。なんだかこの辺で流行りのタピオカミルクティーとかいうやつも買って飲みながら歩いた。紅茶は美味いが、タピオカは蛙の卵みたいで今イチだった。 「腹いっぱいになっちまった」 と俺が苦笑いすると遥が『俺も』と言って笑った。 「なぁ、もうひとつ聞いていいか?」 と神妙な顔をして遥が言った。 「レヴァントとセックスしてるんだろ?」  俺は危うく紅茶を吹きそうになった。近頃の若い者は....。だが、遥は真顔で続ける。 「俺はよく分かんないんだけど、レヴァント以外の男としたことあるか?....したいと思ったこととか......」 「無い」  俺はもともとノーマルだ。ミハイルに力ずくで教え込まれて、抱かれるようになっただけだ。男が好きなわけじゃない。ミーシャが愛しいだけだ。  俺は改めて、遥の顔を見た。 ーそうか......ー  俺のミーシャと遥の隆人は、たぶん違うものだ。俺は長いこと自由に生きてきた。それをミーシャはじっと待っていてくれた。  本当に耐えられる限界まで待って.....。結局、俺もアイツを愛してる。だから今の俺はミーシャが全てだ。それに悔いは無い。  俺が愛しているのはミハイル、ミーシャというひとりの男で、レヴァントのボスじゃないし、ホールディングスのCEOでもない。 ヤツもそれを希んでいる。 ーだが、遥はどうなんだろう......ー 「俺はミーシャ以外の男と恋仲になる気はない」  まぁ、これが恋と言えるなら.....だが。  俺はふぅ......とひとつ深呼吸をして、空を見上げた。   「本当だな」  と、背後から、どこかで聞いたような、出来れば今は聞きたくない声が聞こえた。そぉ....っと振り返るとミハイルのブルーグレーの瞳が俺達を見下ろしていた。 「ミーシャ?!.....仕事は?!」 「会議と打ち合わせは終わった。視察は手早に済ませた。帰るぞ.....」 「帰るぞって、まだ....」  俺はモバイルの時計を確認した。 「もう、5時だ。門限は守れ!」 「俺は中坊かよ!」  見ろ、遥まで笑ってるじゃないか。ミハイルは、がっつり俺の腰を横抱きにして、遥に微笑んだ。 「加賀谷から早く帰すように、何度もメールが来た。済まないが、また今度、うちのパピィと遊んでやってくれ。....迎えが来てる」  指差すほうを見るとこの前の青年が遥のほうに歩み寄ってきた。 「お時間ですよ、....隆人さまがお待ちです」 「待ってるって....まだ、会社...」  遥も不満そうに口を尖らせた。 「着く頃には日が暮れます。さ、遥さま行きますよ」  青年の厳しい口調に、遥が項垂れた。俺はむっとして青年に言った。 「おい、ちょっと待てよ。土産くらい買わせろ」  俺は遥の手を引いて、土産物屋に行き、店の親父に言って、とびきり上質の翡翠の唐子の揃いの根付けをふたつ、遥と隆人用に買って、それから彭に頼んで焼売と小籠包を、一番美味い店で買ってきてもらって、遥に押し付けた。 「仕方ないけど、.....気をつけて帰れ。また遊ぼうぜ」 「絶対。約束だぜ!」  俺と遥は拳を合わせ、ハイタッチして別れた。俺は遥の車を見送り、互いに見えなくなるまで手を振った。 「さて、帰るか....」 「あれ?バイクは?」  辺りを窺う俺に、ミハイルが冷たく言い放った。 「キャリーに積んである。大人しく乗れ」  ミハイルに促されて、俺もしぶしぶBMW に乗った。 「また是非いらしてください」  彭が微笑みながら、小籠包と焼売の包みを渡してくれた。俺も微笑って答えた。 「来るさ。遥と約束したからな」  夕陽が沈みかけていた。波間に漂う光は、今は失われてしまった俺の人生の欠片のようにキラキラと光っていた。

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