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「バレたら俺のクビ確定だぞ、ちゃんとしろよ」
息苦しさに目を開けば、そこは馴染のない白い天井だった。
――さてと、洗濯しとくか。
洗濯から始まる一日か、最高の主夫になるなー。
――もしもし、歩?
歩君、久々の連絡じゃないか。あとでスマホの方も録音聞いとくか。
――俺メシは作れないしー。
そんなの、俺がいくらでも作るし、清志が作ったところでそれも最高だから、気が向いたらいつでも作ってくれ。
出勤で揺れる電車の中は、だいたいの奴等が感じるだろう鬱陶しさ。仕事関連でプラスに思う者なんて一握りで、マイナスな思いを抱きながら乗っているんだろうな。
可哀想な奴等だ。俺は一握りであるプラスな気持ちのまま電車通勤をしている。
プラスになる理由はただ一つ、愛しい恋人の声を間近で聞けるからだ。――盗聴?――そうだな。最高だ。
既に同棲してる恋人の清志とは順風満帆。馴れ初めは割愛するとして、俺の清志は最高に可愛くて男前でカッコいい。ちなみにプロポーズ済み。
ただ、清志は籍を入れる意味を理解してないようで俺のプロポーズの話題をなるべく遠ざけようとしている。
焦ってはいない。お互い好きなのは実感しているし、関係が崩れようが絶対に修復させる自信があるし。ただ、答えはほしい。
いつ籍を入れようとも構わない。けど、確実な答えを清志の口から吐き出してほしい。
「というわけで。大熊、松尾。協力頼む」
「俺のリスク高過ぎ」
「俺なんて〝作り話〟しないといけねぇじゃん!」
親の付き合いからの友人である医者の大熊と同じ会社で働く松尾。腐れ縁といってもいい。
清志にプロポーズした一ヶ月後、二人を呼び出して少し遠めの場所にある飲み屋で作戦会議をした。プロポーズ大作戦とはこのこと。
俺と松尾が勤務してる会社で行われる就活生を中心とした見学会がある。
そこに清志を呼び、事故に遭ったと松尾が言って大熊が勤務してる病院へ連れて行く。そして大熊には頑張ってもらい俺を、身内しか入れないICUに入れて清志に第三者の辛さを直面してもらおう、と。
「大丈夫だって!清志君はお前の事、大好きだから!」
「知ってる。そうじゃなかったらまた惚れさすまでだ」
「大和のそのBluetoothイヤホン……恋人を盗聴してるの聞いてるだけだろ」
「そうだけど?」
「「やっぱこいつイカれてるわぁ」」
口を揃えて俺をディスるスタンスは昔から変わらない。俺の性格を知っているからな。
とはいえ、こいつ等だって人の事は言えない。でもこいつ等に俺は興味ないからなにも言わない。俺は、俺を愛す清志と清志を愛してる俺に興味があるから。
「つーかなんでそこまでして籍入れてぇの?」
「公務員に勤めてる奴から聞いた話ではデメリットも多いらしいぞ」
俺を知ってて、なおも聞いてくる。単純な事なのに、そこはわからないのか。
「想いだけで繋がってる奴等ほど、その関係が簡単に切れるからだ」
「愛し合ってるだけじゃダメな理由、とは?はい、大熊!」
「法律で縛っちゃえば、簡単には切れない関係になるから?」
「大熊正解!それで松尾、俺等は既に同期設定になってるから。そんで――」
進む酒は同じく、俺の作戦も進む進む。
「はあ、辛かった。清志に会えなくて辛かったぁ」
「その紙って、まさか成功したのか?」
病室。大熊が勤務してる病院。
少し記憶を飛ばしているが、ICUに入り、作戦通り松尾が作り話を清志にして、順調に回復する俺。
実際の加害者には申し訳ないが、俺の不注意っていう理由で全部無かったことにしてる。重症加減は大熊の腕の見どころだったが、
「成功はした。けどお前やり過ぎだ。ちょっと痛い期間があったんだが」
「遊びで集中治療室使うお前が悪い」
「本音は?」
「――お前の恋人を思ったら心苦しくなってな。こんな奴を好きになって可哀想だなぁって。痛い思いしやがれって気持ちで傷抉った」
容赦ない医者に思わず苦笑い。でも、清志が置いていった用紙にニヤついてしまう。
【養子縁組届】
もう、養子側に記入済みのサインまである。俺が養親側に記入と印鑑、そして証人を書いてもらえばすぐ提出できる。
親にはもう話は通してあるし、この事故をキッカケに心痛む清志を見てるから速攻でサイン貰えるだろうなぁ。あー、楽しみだ。
「松尾来るってよ」
「え、面会時間過ぎてんじゃねぇの?」
「ちょちょっとすればこの部屋に入れんだよ」
「イカれてるなぁ」
ものの数分で来た松尾。まさか全部成功すると思わなかったみたいで、病室に入った瞬間『賭けに負けたぁぁぁ!』とうなだれてた。こいつ等、人のプロポーズに賭け事してたのかよ。最悪だ。
「でもマジで清志君良い子!大熊ぁ、もう接する事が出来ないの残念だよ!」
「なんとかなるんじゃねぇの?なあ、大和」
「えー」
面倒な事は勘弁だが、今はこの用紙を見るのにいっぱいいっぱいだ。緩み過ぎる頬が直らない。
「九死に一生得た設定なわけだし、いくらでも繋がれるって」
「ま、確かに。大熊にも清志は紹介したいと思ってたし。落ち着いたら偶然装って会うのもいいかもな」
「まぁじでお前の愛って暗いわぁ」
突然言われた松尾の言葉に反論しようとしたが、なにも言い返さずボールペンを握る。
あ、そうだ。清志の声を聞かないとな。
小さなテーブルの引き出しから取った愛用のイヤホンと盗聴器。片耳に付ければ愛しい声が聞こえてきた。
「うわ、ニヤニヤ倍増しやがった」
「清志君、頑張れって感じだわ」
――退院したら、なにしようか。
そうだな、まずは俺達の部屋で最高の気持ちと、口付けがほしいかな。
「お前もう明るく愛せよ、ほんと。素直にさ」
「暗い愛に真っ黒い腹、黒原 大和 ってこんなにも名前負けしてない人間いんのかね」
「天国 清志 ぐらいじゃねぇの」
「天使みたいで清い名前だろ、俺の恋人 」
E N D
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