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第2話
この王城に来たばかりの頃。
王城らしい不思議な、それでいて絶対である特別なルールを教わる。
だが、どれも宮廷料理人の補佐として働くアダムには縁のない話ばかり。
だから、すっかりと忘れていたのだ。
──呪われた宰相様が魔の姿で現れるとき、決して目を合わせてはならない。
──でなければ、その呪いは己にも降りかかるだろう、と。
アダムは壁に追いやられながら、果たして自分は目を合わせただろうかと思案する。
補佐とは要するに雑用係だ。
調理場は戦場。
悠々としていて華やかなイメージのある宮殿とは正反対だ。ガチムチの男たちや、気の強い肝っ玉母ちゃんが蔓延る戦場である。
料理を教えてもらおうなど甘い。そんなことでは、尻がいくつあっても足りないだろう。邪魔だと蹴り飛ばされる前に、動かなければならない。
そんな戦場を日々動き回るアダムには、呪われた宰相様と目を合わせる時間などない。
だというのになぜなのだろう?
アダムは尊き身である宰相様に、ぐいぐいと距離を詰められて、ついには壁に背がついてしまった。
「お前だな」
はて、なんのことだろうか。
目線は下に、だけれど頭は傾げて、アダムは困惑を表現した。
「お前は、この俺の運命の番だと思うが、なぜ挨拶に来ない」
「……」
ふむ。確かに、宰相様は少々おかしな方であられる。
噂はあくまで噂。
そう思ってきたアダムだが、今回ばかりは、噂が真実だと思った。
「発言を許して頂けますでしょうか」
「許す」
「お言葉ですが宰相様。私のようなオメガが、貴方様のような尊き方の番であるはずがなく。……なにより、私は子持ちでございます。そんなコブ付きの私めが運命の番だなどといえば、首が飛んでしまうでしょう」
お前は、巫山戯た理由でこの俺を殺す気か?
何重ものオブラートに包んでアダムは伝えた。
そして、虚空を眺めて何かを考えこむ宰相を残して辞する。
きちんと頭を下げるのを忘れずに。
「噂って馬鹿にできないなぁ。……気をつけよ」
気を取り直して、アダムは持ち場に帰った。
寄り道をするなと怒られたが、あまりの理不尽さに思わず宰相様を呪う。
自分は悪くないのに、とんだ災難である。
そして、その夜。
「あ。やっぱりお前か。なんかいい匂いすると思ったんだー」
扉を開けたアダムは、数歩先から歩いてくる狼に声をかける。
「サミー。狼きたからご飯用意してあげてー」
「はぁい」
もぐもぐとスプーンを使い夕ご飯を食べていたサミーが、右手を上げて返事をする。
そして、ぴょんっと椅子から飛び降りると、キッチンへと向かった。
「はあー。今日さ、変な男に絡まれたんだ。……俺のこと運命の番とか言うんだ。笑っちゃうだろ?」
足元にやってきた狼の頭を撫でて、アダムは嘆息する。
「……そんなことあるわけないのにな。それに、もし運命の番だとしても、俺はあの人の番なんだ。捨てられてしまっても、噛み跡は消せない。今更運命が現れたところで、幸せになんかなれないのに」
神様がいるならば、どうして運命の番なんてものを作ったのか詰ってやりたかった。
仮にいたとして、どうして絶対に出会えるようにしてくれないのかとも。
「運命」というぐらいなら、出会わせてくれなければ、いつまでも魂は満たされないではないか。
それじゃあ誰も幸せになんかなれない。
だって、オメガは一度でもアルファに項を噛まれてしまえば、その相手に永遠に縛られてしまう。たとえ捨てられようとも、弄ばれようとも、アダムはあの男に縛られたままだ。
心に芽生えた愛は干からびている。なのに体だけは、アダムを見捨てたあの男を今でも求めている。
なんて残酷なシステムなのだろう。
例えアルファは番になろうとも、縛られることはないのに。
オメガだけが縛られるのだ。
そんなもの、幸せでもなんでもない。ただの呪いじゃないか。
番によって得たものは少なかった。
ヒート中に撒き散らすフェロモンが、番った相手にしか作用しないことぐらいだろうか。
それ以外に得るものは何も無い。
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