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第5話
自宅に戻るといつもと同じように狼に夕食を振る舞う。
アダムは椅子に腰掛けると狼を眺めた。獣のくせにやけに上品に食べるものだ。
魔の森の皆はご飯を出すなりガツガツと貪り食うのに。
そんなことを考えながら、一方では昼間の宰相を思い返していた。
指先が肌に触れただけで湧き上がった震え。
あの時の熱が未だに燻っている。アダムはふと脳裏に浮上した言葉が恐ろしくて頭を振るった。
すると、さきほどまでニコニコしていたサミーが振り返り、とてとてと此方にやってくる。
「おかあしゃーん。だっこー。サミーちゃんとおるすばん、したでしょ?」
「うん。そうだな。お留守番ありがとう」
小さな手を懸命に伸ばす我が子を抱き上げる。
昼間は使用人の子供を預ける場所に、サミーもお願いして預けていた。
一緒に居られるのは夜のあいだだけだ。
サミーはぎゅうっと大好きな母親の首に顔を埋める。そして、嬉しそうにぐりぐりと額を押し付けた。
応えるようにアダムがサミーの耳をぱくりと咥える。すると、きゃっきゃと身を捩りサミーが笑った。
「僕。おかあしゃん、だーいすき」
「俺もだよ。俺もサミーが大大大好きだ」
「じゃあ僕は、だいだいだいだい……? とにかく、だぁいすきなの!」
アダムよりも濃い紫の瞳は宝石より何よりも美しい輝きを放つ。
サミーがいる限り、アダムは息ができる。
たとえ、番った相手に捨てられようとも。
その時アダムとしての己が死んでも、サミーの親として自分は息を吹き返した。
抱きしめ合う親子を狼が見つめる。
アダムは胸に去来する不安から、逃れるように我が子を抱きしめた。
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