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第11話
いつ罪状をつきつけられるのか。
息をひそめるように、張り詰めた日々を過ごしていたが、一週間過ぎてもなんの沙汰もない。
それどころか、宰相の来訪がぴたりと止みアダムの周囲は日常を取り戻していた。
中にはまだピーチクパーチク煩い狸がいるが、それはどうでもいい。
弄ばれたのはアダムの方だったんじゃないか。
そんな噂が交わされていたのも都合が良かった。別にやり捨てなんてされてもいないし、元から何も始まってやしない。
だが周囲は一人で息子を育てるアダムを哀れみ親切だ。
ちょっと前まで、アダムを迷惑そうに扱っていた人までころりと手のひらを返す。
まあそういうものだ。そうやって利用して賢く生きた方がいい。
傷つきそうになる心に目隠しをしてアダムは日々を過ごしていた。
そして、何事もなく半月がすぎた頃。
魔の森から帰る途中で狼姿の宰相と出会った。
耳を伏せてふりふりと尻尾を低く振っている。動きを見る限り、少しは気まずさを自覚しているようだ。
だからって相手をする気はない。
アダムは無視をして家に戻った。
「おかあしゃん。……狼泣いてるよ?」
「いいの。もう関わっちゃダメ」
あんまりこういう言葉は使いたくない。どうして? なんで? と聞かれても困るし、サミーがそんな悲しい言葉を覚えてしまうのも嫌だ。
でも、宰相は駄目だ。
あの男はアダム達をいとも容易く地獄にだって落とせる。関わらない方が身のためなのだから。
それから何日も続けて宰相は夜になると家に訪ねてきた。
物言わぬ獣の姿は、アダムの心にチクリとトゲを指す。
謝りたいのかなんなのかは分からないが、キュンキュンと泣きながら後ろをついてくるのだ。
訳が分からなかった。
言いたい事があるのなら人の姿で訪ねてくればいいものを。
アダムが振り返る。すると、玄関の前にお座りをしている宰相の尻尾が嬉しそうに揺れた。
伏せていた耳がちょっとだけ立ち上がる。
だが、
「本当に迷惑です。帰ってください」
アダムはぴしゃりと跳ね除けた。
とたんに、しおしおと尻尾も耳も萎れていく。そんなあざといアピールをしても無駄だ。
アダムは心を鬼にすると、バタンと強く扉を閉めた。
そしてその次の日の夜。
外はザァザァと大粒の雨が降り注いでいた。風も強くて窓から見える魔の森が踊るように揺れている。
「狼、だいじょーぶかなぁ?」
サミーのぽつりとした呟きに、アダムの心臓がぎゅっと締め付けられる。
「……」
もう一度窓の外を見る。雨は横殴りに、叩きつけるようだ。
アダムは食事をする手を止めて立ち上がった。
「お母さん少し出てくるから、絶対に外に出ないでお留守番できる?」
「うん!」
狼を迎えに行くのだと気づいたのか。
サミーはキラキラと目を輝かせて頷いた。優しいサミーは、アダムに「気をつけてね」と気遣うのも忘れない。
アダムは外套を身につけると外へでた。
部屋の中から出た瞬間、別世界に来てしまったかのようだ。絶叫のような暴風雨が容赦なくアダムの華奢な体を襲う。
飛ばされそうになるたび踏ん張りなんとか歩いていく。
そして、魔の森の手前でぐったりと倒れている宰相を見つけた。
「えっ」
雨に打たれた毛はぐっしょりと濡れている。
投げ出された四肢はピクリともしない。
アダムは駆け寄ると大きな体を抱き上げた。それでも、全ては抱えきれなくて、ずりずりと後ろ足を引きずってしまう。
その衝撃で目覚めたのか、狼の瞼が微かに開いた。
「あんた、何してるんだよ!」
「……」
きゅ……ん。微かに鳴き声が聞こえた。
アダムはぐるぐると乱れる胸中をなんとか押し殺して、目の前のことに集中する。
そして、家に辿り着くと今度はサミーと二人で慌ただしく動き回った。
濡れた体をタオルで拭いて、魔石を使って乾かす。
魔石を燃料にする暖炉の前に、大きな体を運ぶと口の中に薬草を突っ込んだ。
「ギャンッ」
あまりの不味さに狼宰相が悲鳴をあげる。そして、口内の薬草を吐き出そうとした。だが、アダムは厳しい顔をして、首を横に振る。
「それ飲んだらだいぶ楽になるから」
薬師の父から教わった秘伝の万能薬は、どんな体調不良にも効果がある。
だが、物凄く不味い。その薬草を飲むぐらいなら、熱で魘される方がマシだと村の仲間が言うくらいには。中には薬草に殺されるという者もいた。
そして、宰相が嚥下するのを確かめると、口直しに花の蜜を溶かした甘い水を出してやる。
ペロリと恐る恐る舐めた宰相は、甘いことに気づくと、救いを求めるようにガツガツと飲み干した。
それからは再び横になりぐっすりと眠ってしまう。
結局、朝陽が登るまで、宰相は健やかに眠っていた。
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