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第6話
『なぜだっ!』
イサクはうろうろとその場で足を止める。
今日こそは行かぬと、あれほど固く決意したというのに。イサクの足はアダムの家の前だった。
ぐるるっと唸り声があがる。
『よし、引き返そう』
イサクは後ろを向き自室へと歩き出した。だが、歩みを進めるごとに心はしおしおと萎んでいく。
しっぽはだらりと地面に向かって垂れている。
どうしてか、アダムの顔を見なくては落ち着かない。昼間はそんな素振りは少しもないのに、夜になるとこれだ。
運命の番だから? 獣の如く本能に理性が負けているから?
ぐるぐると考えても答えは出ず。
そして気づけば、イサクまでその場でぐるりと尻尾を追いかけて回っていた。
その奇行を止めてくれたのは、橙色の淡い光に照らされたアダムだった。少しだけ開いた玄関扉から、顔を覗かせている。
「……何やっているんです」
『……これは、たまたまであって』
「ガゥガゥ言われても分かりませんから。……でも体調は良くなったんですかね」
「きゅ〜ん」
甘えたような声が出てイサクは全身の毛を粟立たせる。
──馬鹿め! 何を間抜けな声をあげているんだ、俺は!
なんてことを胸中で呟こうとも、アダムには聞こえない。
本当に、とことん、忌々しい呪いだ。
アダムとは一定の距離が保たれていて、あちらが動く気配はない。触れられない距離が堪らず寂しくて、イサクは小さく細く尻尾を振った。
そして、冷たい瞳で見下ろすアダムの足元に、ゆっくりと寄り添う。おそるおそる上目遣いに見上げて、嫌がっていないか伺いながら。距離がゼロになると、垂れ下がったままの荒れた手に頭を擦り付けた。
『……』
そして、後悔した。
きちんと見ていたならば気づけたのに。
アダムの手が荒れているのは、毎日毎日冷たい水に触れているから。それは、アダムが必死こいて仕事に向き合ってきた誇りある手だ。
イサクは申し訳なくて、キュンキュン泣きながら、アダムの荒れた手を舐めた。
「……はあ。貴方のその姿、本当に卑怯ですよ。……次来る時はきちんと人の姿できてください」
あ、でも仕事中は駄目ですよ。
そう言ってアダムが撫でてくれる。頭のてっぺんを満遍なく手のひらで撫でられて、指先は耳の裏をこりこりとこねる。
あまりの気持ちよさに、イサクの尻尾はブンブンと大振りだ。
そうしてこの日も、イサクはアダムの手料理に舌鼓を打ったのだった。
「これは由々しき事態だ」
「なにがです」
イサクの独り言に、無機質な声音で返したのは、部下のノエだ。
彼は騎士を輩出してきた名家に生まれた次男坊だが、幼少期の事故により足が悪い。それが原因で、伯爵家では穀潰しと疎まれていた。
だが、本人は理路整然としていて話しやすいし、頭が切れる。なので、イサクは不遇な扱いを受けていたノエを7年前に拾ってきたのだ。文官に向いているのにその力を奮わないのは勿体ない。
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