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番外編《雅也と深月1》
side 深月
チクタク、チクタク
誰もいない静かな部屋に時計の音だけが響き渡る。
チクタク、チクタク
時計の音しかしなくて、人の気配のしない空間。
まるでここだけ世界から隔離されたみたいだ。
幼い頃はこれが普通で、一人でいる事を何とも思っていなかったのに、いつからだろう、一人を心細く思うようになったのは……
あぁ、そうだ。
雅也が当たり前のように隣に居るようになってからだ。
いつだって、隣を見れば底抜けに明るい雅也が俺の隣にいて、静かとは程遠い空間が当たり前になっていたから、だからこうして風邪を引いて一人、静寂の中に放り込まれて、ほんの少しだけ心が不安定になっているんだ……。
両親が共働きで、物心ついた頃から人の気配のしない家に、一人でいるのは当たり前だった。
一人で過ごす時間は退屈で、寂しさを紛らわすように勉強や読書に精を出していれば、小学5年生になる頃には学力テストで上位の成績を取れるくらいには頭が良くなっていた。
けれど相変わらず両親は仕事仕事で家にはなかなか帰ってこないし、ずっと勉強ばかりだった僕の周りには誰も近づいてこなくて、いつの間にか家だけでなく、学校でも一人ぼっちになっていた。
いくら勉強が出来たって、友達の作り方1つ、その時の僕には分からなかったんだ。
そんなある日、僕らのクラスに転校生がやってきた。
「滝村雅也です!俺の事は気安く雅也って呼んでくれ!!よろしく!!!」
大きな声でそう言ってニッカリ笑った雅也を見て、最初に浮かんだ印象は、どこの学校にも一人はいる、人気ものタイプ。
いつだって輪の中心にいて、一人ぼっちの人間を放っておけない。
僕の一番苦手なタイプだ。
案の定、雅也は一週間も経たずにクラスの人気者になった。
ずっとクラスにいた僕なんかよりも、もっとずっとクラスメイトの輪に馴染んだ雅也は、僕の考えていた通りの人間で、底抜けに明るくて、良い奴で、そしていつも一人でいる僕によく話しかけてくるようになった。
『なぁ、お前いつもそれ何読んでるんだ?』
『なぁなぁ、ここのさ、漢字ってなんて書いてるんだ?』
『今から外でサッカーやるんだけどさ、工藤も一緒にやんね?サッカー!』
けれど僕にとってそんな雅也の行動は良い迷惑でしかなくて、無視を決め込んだ。
そうしていれば、いつか話しかけてこなくなるだろうって、その時は思っていたんだ。
だって今まで、そうやってグイグイ話しかけてくる人間なんかいなかった。
だからどう対応すればいいのか分からなかったんだ。
ずっと一人でいた僕は人との上手な関わり方なんて分からなくて、人と関わるのに臆病になっていたんだと思う。
それなのに雅也は飽きもせず僕に話しかけてきた。
『昨日のお笑い番組見たか?スッゲー面白くてよ、てか工藤ってテレビとか何みるんだ?』
『いっつも無表情だけどさ、一回笑って見てくれよ。て言うか俺、転校してきてから工藤の表情変わってるの見た事ねーわ。お前どんな時笑うんだよ。』
『なぁ工藤―、せめてこっち見てくんね?』
よくもこう、毎日話題を変えてはめげずに話しかけてくるもんだなって、当時の僕は雅也の不屈の精神に驚くと同時に呆れもしていた。
そうして、雅也が転校してきて暫く経った頃の放課後、いつものように一緒に帰ろうぜと、誘ってくる雅也の言葉を無視して帰った。
けれど、あと少しで家に着く、という所で、教室に忘れ物をした事に気がついた。
別に次の日学校に行って、持って帰っても良かったんだけれど、その日は何故だか戻ろうって気持ちになって、学校に引き返した。
そうして学校に引き返して、自らの教室のドアに手をかけた時、中から話し声が聞こえた。
放課後、教室に誰かが残っているなんて別になんらおかしくはない事で、少し面倒だなとは思いつつもさっさと目的の物を取って帰ろうと思っていたのに話している人物が誰か分かった途端、ドアを開けるのを一瞬、躊躇した。
「雅也って本当面白いよなー」
「面白いってなんだよ」
「いやいや、褒めてんだって、転校してきてすぐにクラスに溶け込んだし、話題は豊富だし、一緒にいて飽きねーってか、うん、楽しいわ」
「おー、何か、ありがとう?」
「なんで疑問形なんだよ。あってかさ、」
「んぁ?」
「雅也って、なんでそんなに工藤に構うわけ?」
「え?」
「お前いっつも無視されてんじゃん、それなのに良く懲りもせず話しかけに行くよなー。俺だったらあんなに無視され続けたら途中でめげるわ。お前の精神力どうなってんだよ。ほんと、すごいよな。工藤のどこがそんな気になってるわけ?」
「えー、どこがって……」
「あいつってさ頭すげーいいんだぜ。俺らとはデキが違うって言うか、なんかちょっと周りの事見下してんじゃねーのかなとか思ったりするわけよ。お前もそう思わねぇ?」
ガラッ
「え、あ、く、くどう」
突然話題にしていた人物が現れて驚いたのだろう、クラスメイトの彼は目を白黒させて気まづそうにしていた。
けれど僕はそんな彼らを無視して自分の机の中から目当ての物を取り出す。
その間「あ」だとか、「う、」だとか何かいいかけていたクラスメイトの彼の事は完全に意識の外側に放り出す。
そうして何事も無かったかのようにそのまま教室を後にした。
扉を閉める直前、雅也に名前を呼ばれた気がしたけれど、それもいつものように無視をしてバタン、と少し大きい音を立てながら扉が閉まった。
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