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それ行けゆきのちゃん!
雪乃 side
「あらあら、雪ちゃんそんなに可愛い格好してデートかしら?」
「もーお母さん、そんなんじゃ無いってば」
「えー、本当に?可愛い可愛い雪ちゃんに彼氏ができたんじゃないかってお兄ちゃんやお父さんが嘆いていたんだけども」
「本当、そんなデートなんてものじゃないので」
そう、母さん、今から私が行くのはデートなんて甘く可愛らしい響きの似合う場所ではないのです。
貴方の娘が行くのは戦場と言う名の狩場です。
■□■
「雪ちゃーん、やほやほ、迷わず来れた?」
「あ!裕先輩おはようございます」
「うん、おはよー。無事合流できてよかったよ」
「噂には聞いていましたが本当にすごい人ですね」
「まぁね、でも今日はオンリーイベントだからまだマシな方だよ、夏コミとか冬コミなんてもっとすごいからね」
「あっ、私テレビで見たことがあります!」
裕先輩と談笑しながら人の流れに身を任せて駅から会場への道を歩いていく。
向かうはイベント会場。
どうして私がここにいるのかそれはつい数週間前に遡ります。
私、神楽坂雪乃には中学生の頃から想いを寄せている先輩がいました。
松永奏汰先輩。
私が所属していたサッカー部の先輩で
そんな先輩を追って……と言うわけでもないのですが同じ高校に入学し、そして同じ部活動に所属
私の中で色々あって告白したのであります。
まぁ見事玉砕したんですけどね。
■□■
「お疲れ様」
「裕先輩……」
いつの間にいたのでしょうか、声のした方向を振り返ると扉越しに手を振る裕先輩がそこにはいました。
きっと気づかないうちに自分でも緊張していたのでしょう、声をかけられるまで全く裕先輩の存在には気づかなかったのですから。
そう、一人納得していれば教室の中に入ってきた裕先輩が言い辛そうに口を開きました。
「俺が言うのもなんだけど雪乃ちゃんは良かったの?」
「何がですか?」
「んー、発破かけるような真似しちゃってさ」
と、少し苦笑しながら言った裕先輩の言葉に思わず私も苦笑してしまいます。
「だって松永先輩、向井さんの事しか見えてないから」
「雪乃ちゃん……」
私の言葉に裕先輩が眉を下げ、神妙な顔をするので慌てて自分の中で生まれた感情をそのまま口から放ちました。
「あ、あの、でも本当に後悔はしていないんです。最初から無理だって分かっていて、それでも自分の気持ちを伝えたいって言う私の自己満足みたいなものでしたし、えっと、それにあの、こんな事思うのへんだって思うんですけど、あの人達下手な少女漫画より少女漫画してるじゃないですか?!」
「ん?」
「だから何ていうかこう、リアルタイムで少女漫画読んでいる感覚っていうか」
「んん?」
何だか途中から自分で自分の言っていることが良く分からなくなってきて、最初は神妙な顔をして私の言葉を聞いていた裕先輩もどんどん不思議そうな表情になっていくのは分かっているのですが言葉が止まらない、とりあえずこの気持ちを吐き出せと私の中にいる私が叫んでいる、そんな感覚。
「あー!何でしょうこの気持ち!すごくドキドキして胸の奥底から湧き上がってくるんですよ!」
衝動のままにそう喋っていれば、
ガシィ
と、裕先輩に肩を勢いよく掴まれました。
そうして至極真面目な顔で
「わかる」
と、一言呟かれた裕先輩に今度は私の方が間の抜けた声を漏らしてしまいます。
「へ」
「雪乃ちゃん、良いことを教えてあげよう。人はそれを萌えと呼ぶんだよ」
「もえ?」
「いぇす!萌。ようこそこちら側の世界へ」
「え、あの、へ?」
「大丈夫、なんにも怖いことないから、むしろこれからの君の人生はバラ色……いや、萌え一色の世界になるから!!」
そうしてあれよあれよと言う間に裕先輩曰く、こちら側の世界へ導かれた私は色々ご教授頂いてすっかり立派なこちら側の住民となったのです。
「じゃあ行こうか、準備は良い?」
「はい!師匠!」
「あのさ、その師匠っての何?」
「裕先輩はこちらでは結構有名な方だというのを知ったのでそんな方か色々教わった私は弟子と言う立場であって、つまり裕先輩は私のお師匠様かなと思いまして」
「あーうん雪ちゃんも結構変わってるよね……いや、まぁいっか!よし、じゃあ行くよ」
「はい!」
そんなこんなで失恋を経験した私はそれと同時に新たな扉を開いたのであります。
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