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030 たぶん、嫌じゃない:S

「待て、玲史……!」 「いいから、歩いて」  玲史が水本って男にキスしたのを聞いて……康志との、話さなくていいことをつい喋っちまって。気が動転して。  頭がうまく回らない。 「どこ行くんだ?」  腕を掴まれたまま、駅前広場を横切ってく玲史に聞いた。 「人目がないとこ」 「何で……」 「言ったでしょ。キスするの」 「れい……」 「もし。僕としても最悪だったら。約束、なしにしていいよ」 「な……」  足を踏ん張って止める。 「何でそんな……?」 「だって。ヘタクソな康志のせいで紫道(しのみち)がキスに否定的なの、許せないから」  強い口調で言い放つ玲史を見つめる。  康志とのキスはマジで嫌だった。吐き気がした。  ヤツのちんぽをくわえさせられるのも、もちろん最悪だったが……あれは、自分がただの精液便所だと割り切ってなんとか耐えた。  俺が気に食わないなら、最後まで酷く扱ってくれりゃよかった。  なのに康志は、俺にキスなんかして……とんでもねぇこと言いやがって……。 「ほかに誰ともしたことないの?」  聞きながら俺を見つめ返す玲史の瞳は透明だ。  いや、物理的な色は黒いんだが……ギラついてない。 「ない。玲史、お前とするのは……たぶん、嫌じゃない。だから……」 「ダメ。待てない。水本にしたのより気持ちいいキス、してあげる」  そ……れは、ポイントがおかしくないか。  何とも思ってないヤツにされても、上手ければ気持ちいいものなのか?  玲史は上手そうだが……。  マズい……俺の思考もおかしな方向にいっちまう! 「康志の呪縛、解いてあげたいの」  そのひと言で力が緩み。  玲史に引っ張られるまま、足が進む。 「どこで……」 「裏通りのどっか。建物の間とかけっこう目立たないスペースあるから。この前通った時、イチャついてた学生見たし」  歩き出した俺を観念したと思ったのか、にこやかに説明する玲史。 「人に見つかったら即終了で。見つからなくても、ちゃんとキスだけでやめるし。心配要らないよ」 「いや、待て」  心配だ。知らない人間にそんなとこ、見られたら……知ってるヤツにでもだが、恥ずかしいだろ。無理だ。 「どうしてもってなら、俺の部屋で……」  何、言っちまってるんだ……顔が、火照る。 「ダメ。そこじゃ、今はキスだけでやめる自信ないから。無理」 「寮の、裏に……人目のねぇ場所がある」  笑顔で怖いことを言われ、また口走る。 「へぇ……うん。行こ!」  瞳を輝かせて方向転換し、学園へと戻る道に向かう玲史。  もう取り消せない。  いや。  ノーって言いたきゃ言える。  言わないのは俺も……望んでるのか?    その答えを先延ばしにして、玲史の後を追った。  学園を通り過ぎ、寮へ。  道中。目的を忘れたかのように風紀の面接のことを聞いてくる玲史に、目的から気を逸らすために詳しく話す。  面接の順番は1年3人が先で、2年7人はジャンケンで決めた。俺は最後だった。  委員長の瓜生(くりゅう)の最初の質問は。 『校内の見回りで遭遇する最悪な場面は何だと思う?』だった。  うちの学園には、陰湿なイジメの気配もケンカで優劣を競う風習もない。みんな、勉強とほかの楽しいことで忙しいからだろう。  (たすく)に聞いた情報じゃ、暴力よりエロ系に厳しい瓜生だ。 『強姦や輪姦……です』  答えると。 『その最中に出食わして、加害者を引き剥がしたあと。被害者に、お前は何て声をかける?』  即答出来なかった。  想像するのは嫌だが、想像しても……自分なら何言われても何にもならないと思った。  間違っても。大丈夫か、とは聞かれたくない。 『暴力が正義だと言い切れる時はあるか?』  答えず1分近く経過し、次の質問。 『あります』  これには即答した。 『どんな時だ?』 『それしか救う方法がない状況の時、です』 『誰を救う?』 『助けが要る人です。自分も含めて』  そこで、面接は終わり。採用……合格した。  興味深く聞いてた玲史が、大きく息を吐く。 「瓜生の面接、そんなめんどくさい質問されたんだ。坂口にして正解」 「全員同じじゃないみたいだぞ。C組のヤツ、入ってすぐ叫び声して出てきて……不合格だった。1年のヤツらも速かった」 「ふうん……紫道は時間かかってたもんね。合格でよかった」 「ああ、お前もな」  本心だ。  玲史がニヤリとして見上げてくる。 「きみも、僕とつき合いたいんだって思っとくよ」  否定も肯定もしないうちに、ちょうど寮に着いた。 「あっち?」  玄関口から左に沿って裏手に行くと、2棟目の寮との間のスペースに出る。その2階の連絡通路の下らへんに、建物の窓から死角になるへこんだところがある。 「ああ、そっちから奥に……」  玲史に続く前に辺りを見回すも、運良く誰もいない。  壁伝いに進み、目当ての場所に着いた。 「へぇ……いいね、ここ。誰か来ない限り誰にも見られなそう」  玲史が満足げに壁に寄りかかる。 「寮のヤツらは、イチャつくなら自分の部屋があるからな」 「何でここ知ってるの?」 「……佑が前、先輩とよく来てた。一緒に部屋入るとつき合ってるのバレちまうっつってよ」 「もう来ないの?」 「ああ……」 「来て」  俺を見つめる玲史の瞳から、俺も目が離せない。  3歩で届く距離。  微笑んで待つ玲史に、自分から近づいた。

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