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083 しょんぼりしてる!?:R
無意識に、身体が動いた。
身についた……っていうより、強制的につけられた習性。身を守るための危険察知。自己防御反射。久々のこの感覚。
戦場とか、特定の状況下なら役に立つだろうけど。
今。ここじゃ、無用。不要。
むしろ邪魔。迷惑。
だってさ。
「れい……じ」
紫道 の、声が震えてる。掠れてる……のは、喘ぎまくったせいとしても。
ビビらせちゃった。
恋人なのに。
いきなり、恋人にナイフあてられて。何も悪いことしてないのに。
「どう……した? 俺だ。わかるか?」
わかる。
もちろん。
深く息を吐いて。紫道の顎から手を、首からナイフを離した。押しあてたのはナイフの背。でも、殺気込みだったから……身の危険を感じさせたかも。
夜目がきくから薄暗がりでも見えるけど、寝る前に消した灯りをつけ。
「紫道……」
名前を呼ぶと、紫道がゆっくり身体の向きを変えた。
冗談! ビビった?
なんて、ごまかしても……スルーしてくれなそうな瞳が僕を見つめる。
「ごめんね。大丈夫」
目を合わせて、微笑んで見せる。
「ちょっと寝ぼけててさ」
「……玲史」
紫道の視線が、僕の手元へ。
「それ……何で、そんなもん……」
どっから見てもナイフ。刃物。眠ってた人間が目覚ました途端に握ってるのは、不自然。
「これ、軽く刃引きしてあるバタフライナイフだから」
基本、脅し用。当然、サバイバルナイフみたいな実用性はナシ。
けど。
刃先で突けば武器になる。
首にあてちゃったし。
ナマクラでも、ナイフだし。
脅されたって思わせた。
脅した。
「でも、危ないよね。きみだってわかる前に、反射的に動いちゃって……ほんと、ごめん」
「俺は何ともないが、お前……」
紫道の眉間に皺が寄る。
「反射的にって、何に……てか、どこにナイフなんか……」
「あーそれは……」
話すと長く……なんないか。大した話じゃない。
事実を説明すればいい。
「僕さ、5歳頃から護身術教え込まれてて。最初は身を守るテクニックとか行動とか、考え方とか。普通の習い事レベルのやつ」
「そんな小さいうちから?」
眉を寄せたまま、紫道が口を挟む。
「あ……親父さん関係か? 誘拐の心配して、とか……」
「ううん。誰かが僕をさらってどうこうするほど、父親は大物じゃないよ。実際に誘拐されたら、困りはするかもしれないけど」
父親の困り顔を想像しようとして、失敗。
あの男に人並みの感情ってあるのか、疑問。
まぁ、どうでもいいや。
「母親はいなかったし、知らないし。物心ついた時から、家に先生っていうか……僕の世話する人が2人いて。いろいろ教わってて」
当時の記憶。思い出したくないやつは、スルー。
「ひとりが元軍人か何かで。だから……体力向上のプラスアルファとして、じゃないかな」
黙ったまま。寄ってる眉を、さらに寄せる紫道。
「で。小6からは、身を守るより戦う術……護身じゃなく、相手を攻撃する方法も仕込まれたの。中学は寮に入ったから、休みで家に戻った時だけ。ケンカ強いのは、そのおかげ」
ここから、本題。
「去年、猛特訓させられてさ。眠ってる間も警戒解かない、異変を察知。どんな状況でも危険に備える。瞬時に戦闘モードになれるように……って。おかしいでしょ」
ニッと笑った。
「今の時代。いつ、戦闘モードになんかなる必要ある? 野生の森とかにいるわけじゃないのに」
「……なのに、枕元にナイフがあるんだな」
静かに、紫道が口を開く。
「寝ながら警戒してちゃ、完全に休まらないだろ。いつもか?」
「このナイフはお護り、みたいな感じ」
訓練以外で。ベッドの上で使ったのは、はじめてだ。
「いつもはひとりだから、わからないけど。ちゃんとぐっすり眠ってると思うよ。元気じゃん?」
「……俺がいるせいか?」
「え?」
「お前にとって俺は、警戒するっつーか……安心して眠れない相手なのか」
え……そういうふうに考えちゃってるの?
で……。
しょんぼりしてる!?
一気に、心身が緩む。
おかしいっていうか、楽しいっていうか。
あーほんとに。
この男といると、新たな発見? 見方が変わるなぁ……特に、自分の。
「きみのせいじゃないよ。覚醒時って一瞬記憶白いから、誰が一緒かわからないうちに動いちゃったけど。誰だとしても同じ反応したはず」
まだ、紫道はしょんぼり……無言。
「僕がきみを警戒する理由、ないでしょ? 友達だし、恋人だもん」
「……ほかのヤツでも同じか?」
ちょっと間を置いて、聞かれた。
「ほか?」
「……お前とやったヤツだ。昼間のセフレや、今までの……」
「いないよ。誰とも一緒に寝たことない。きみがはじめて」
「は……?」
え、驚くとこ?
「誰かとつき合うの、きみがはじめてじゃん。ただやるだけの相手と一緒に泊まりとか、ない」
「そう……か」
「同じベッドで人と眠ったことないから、夜中に起きてナイフで人脅かしたのもはじめて」
「そう……か」
「ほんとごめんね。きみと寝る時は、ナイフ置かないにするから」
「そう……だな」
紫道が、大きく息を吐く。
「俺も気をつける。お前のその……センサーみたいなもんに、触れないように」
「んーじゃあ、首回りと目。そこが一番、気配に敏感なんだって。さっき、首に触らなかった?」
「触っちまった……な、きっと」
「でも!」
非がないのに謝りそうな紫道に。
「きみは悪くないの」
先に言う。
「気をつけなくてもいいよ。僕がおかしいんだし。きみと一緒に寝るの、慣れればいいんだから。この先もあるでしょ?」
「ああ……」
やっと。
紫道の表情が穏やかになる。
よかった……あ。
「起こそうとしたんだよね」
デスクに置いた時計を見ると、6時24分。
いろいろ後処理して寝たのが3時過ぎ。起きるには、まだ早い。
「起きたら……喉カラカラで、ションベンもしたくてな。起こすつもりはなかったんだが、お前が……ちゃんと息してるか心配で、確認っつーか……」
「何ソレ」
たどたどしい紫道の言葉に、口元がほころぶ。
心配……か。
危ないトコ行くわけじゃなく。
危ないコトするわけじゃなく。
ただ寝てる僕を、心配したの?
生きてるかどうか?
変なの。
変な感じ。
今までにない気分。
「先にトイレ行って。水用意しとく」
「……ああ」
ヨロけつつベッドから降りて寝室を出てく紫道を暫し目で追い。息をついて、あとに続いた。
水のペットボトルを取ってきて、ベッドサイドに置いて。戻ってきた紫道と入れ違いにトイレを済ませ。水を飲み。
ベッドに腰かけて僕を待つ紫道の前に立ち、屈んで軽くキスをして。
「眠い?」
尋ねると。
「いや……目、覚めちまった。あ……やっぱり眠いな」
否定して、すぐに肯定する紫道。
「お前も眠いだろ」
「ううん。目、覚めたから。ねぇ……やろっか?」
寝不足より、尽きない性欲解消を選ぶも。
「ダメだ。寝ろ」
同意を得られず。
「俺はお前にとって危険じゃない」
「う……うん」
ものすごく真剣な瞳で。
「信じていい。安心して眠れ。何も考えるな。センサーはオフだ」
言われ……。
「玲史。お前は、俺と一緒に……安心して眠るんだ」
抱きしめられた。
信じる……か。
人を、じゃなく。紫道を。
信じていい、気がするよ。
安心……も。
無防備な状態で人と一緒にいて安心なんて、したことない。
そんなの、出来ると思ったことない……けど。
出来る気がする。
してもいい……気がする。
「うん。やるのはまたにして、寝よっか」
紫道と一緒に安心して眠る。
こっちを選ぶのもいい……かな。
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