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152 いなくならない:S

 今、何て言った?  幻がどうとか……って考えてたせいで、聞き間違えたか?  でなけりゃ、冗談か? 『明日、きみも一緒に来る?』  玲史の言葉の意味。  明日ってのは、母親と会うことだろう。きみは俺。玲史と、一緒に来る……行く……。  玲史が母親と会う場面に、俺もいる……完全部外者の俺が、10年ぶりの親子の対面に……って……。  おかしいだろ! 「いや……俺は場違いっつーか、邪魔だろ」 「……一緒にいてほしいなぁ」  マジメに答えた俺に返す玲史の顔はシリアスで。ふざけてるふうじゃなく。 「会うって決めたけど、楽しく話すようなことないんだもん。きみがいれば、僕の恋人だって紹介出来るじゃん」 「いや、それは……」  楽しい話題か?  いきなり。久々に会う息子がゴツい男連れて来て、恋人です……って。いろいろブチ壊しちまうんじゃ? 「僕は、会えて嬉しいとかないし」  口ごもる俺を見てわずかに唇の端を上げ、玲史が続ける。 「恨んでるとかもないから、罵ったり文句言ったりする熱意もないし。向こうの話聞くだけって感じ」  そうだ。  頭、シャンとしろ!  不安に思っただろ。玲史が傷つく可能性、あると思っただろ。傷つけるヤツは許さない、と。誰にも傷つけさせない。  口先だけで、守れなかったモノがある。守れたモノもある。  守りたいモノがあるなら。  玲史を守りたいなら。  出来ること全部、やるのがベストだろう。  そばにいられず行けず無力感に苛まれて待つのに比べりゃ、そこにいられるのは幸運だ。気マズかろうが無遠慮だろうが図々しかろうが、俺も……。 「だからさ。一緒に来て」  先に、玲史が言って。 「僕たちが険悪ムードになった時のフォローのためじゃなく。間がもたない時にオモシロイコトしてもらうためじゃなく。ただ、隣にいてくれればいいから」  ニヤリと笑う。 「見せたいの。母親がいなくても愛されなくても、しっかり強くなったとこ。きみがいて、僕がハッピーなとこ」 「玲史……」 「彼女を安心させたいとか全然ないけど、僕がイイ気分になるから。僕のために……ぅわっ!」  今。抱きしめなくてどうする?  今日は、玲史を抱きしめたくなる時が何度となくある。 「俺も、一緒に行く。連れてってくれ」  おとなしく俺の腕の中に収まる玲史の頭上で頷いた。遅くなったが、嫌々じゃない。俺の意思だ。 「ありがと」 「お前のために出来ることがありゃ、何でもする。俺も、お前を守るためなら何だって……」  玲史が母親に会うのに生じるリスクにしては大げさなセリフになった。  頭に浮かんだのは、今日の……思い出したくもないが忘れはしないデキゴト。立場が逆だったら。俺も……。 「ソレはダメ」  玲史がバッと俺の胸から離れ、顔を上げた。 「紫道(しのみち)は僕以外にやられちゃダメ。そのほうが、イヤだもん」  俺の言葉で玲史も同じことを思ったらしく、話が進む。 「僕のために誰かに犯されるとか、ナシね」 「けど……」  俺のために、お前はやられた。  口に出したくない。思い出させたくない……が、もう遅い。 「僕が神野(じんの)の言いなりになったのは、きみをターゲットにされるのは絶対にイヤだったから。自分のためだよ」  玲史が俺を見つめる。 「清崇(きよたか)とは『きみと幸汰(こうた)を守るため』って言ってたし。ゴハンのあと聞いた沢渡(さわたり)の考察もだいたい合ってたけど、一番は……僕のため」 「なら、俺も……」 「きみを抱くのは僕だけなの。きみは僕を抱かないでしょ?」 「そりゃ……」 「僕以外に抱かれないことが、僕のため」  そ……う言われりゃ、そんな気もしてくるが……いや。やっぱり同じだろ。好きな男がほかのヤツにやられるより、自分がやられるほうを選ぶ……好きな男が傷つくくらいなら、自分がやられるほうがマシだ……が。玲史にとっちゃ、俺がほかのヤツにやられないほうがいい……のか?  それは……俺が抱かれる側だから、か?  なら……。 「お前は……俺のために、俺以外を抱かないのか?」 「え?」  玲史が驚いた顔をする。  口にしてから、話の方向がズレたのに気づいた。  ほかの男にってのは、ほかの選択肢がない状況で。レイプじゃなくても強制で。  考えてみりゃ。  誰かを抱かなけりゃならない……って、どんな状況だ? 「きみのために、だとしても。僕がきみ以外の男を抱くの、イヤなの?」  口元をほころばせる玲史の問いに。 「イヤだ」  迷う必要はない。 「お前は俺のだ。俺以外、抱くな」  コレがただの独占欲でもエゴでも、そう思ってる。そう思うのは、この気持ちが恋愛感情だからだ。それを、自覚してるからだ。 「そんなに僕が好きなんだ?」 「好きだ」  何度でも言ってやる。  ちゃんと信じられるように……。 「うん。僕も好き。だから、博己(ひろき)を抱かなかったよ」 「は?」 「最初に。博己に、抱いてほしいって言われたの。でも、僕が抱くのは紫道だけ」  強い瞳で俺を見つめて。 「抱きたいのはきみだけ。いい?」  玲史が訪ねる。 「僕の欲望、全部引き受けてくれる?」 「ああ……まかせろ」  躊躇はない。  玲史になら、抱き殺されてもかまわない。  まぁ……今、死んだら……悔いは残るな。  まだ足りない。思いも、快楽も。時間も。まだほしい。もっとほしい。 「よかった。さっきの、セーブしないでガツガツやっちゃったから」  から……?  気にしてるのか?  俺が、嫌にならないか……とか?  あ……そういや、さっきの……のあと……。 「俺はいなくならないぞ」  唐突な言葉に。一瞬、玲史が目を見開いて。 「聞こえてたんだ? 白目剥いてたのに」  茶化すように笑う。 「紫道ってタフだよね」 「いなくならない。お前のところに、俺はずっといる」  玲史の瞳を見つめ返し、繰り返す。 『いなくなんないでね』……ってのは、いなくなるかもしれないと思ってる時に言うんだろ。  いなくなるのが不安だから。  いなくなってほしくないから。  玲史が? 俺に?  そう思うのはやめた。  もう、半信半疑じゃない。信じるに足りてる。  玲史は俺を好きだ。  何度も言ってる。ウソでも冗談でもなく、軽くもない。恋愛感情でだ。でなけりゃ、言動がおかしい。今日のことの理解が出来ない。  俺と同質の感情が、玲史にもある。  俺たちは、思い合ってる。  お前を信じてる。俺を好きだって気持ちを感じてる。  俺を信じてほしい。感じてほしい。 「そっか。じゃあ、安心」  玲史の瞳は揺れない。 「信じるか?」 「うん」 「俺がお前を好きだって、感じるか?」 「うん」 「……幻なのか?」 「でしょ? 見えないもん。恋とか愛とかっていうのはマボロシなの」 「……信じてハッピー、じゃないのか?」 「ハッピーだよ。紫道は?」 「……幸せだ」 「じゃ、いいじゃん。きみは幻じゃなくて実体あるし……」  玲史が欠伸をする。  つられて、俺も。 「あーもう寝ないと、朝起きられないかも」 「そうだな……」  うっかり、話し込んじまった。  いなくならないんだ。  今夜を過ぎても、話す時間はいくらでもある。 「紫道とは安心して眠れるから、枕の下にナイフはナシ」  玲史が立ち上がる。 「ね? 信じてるでしょ?」  安心させて眠らせることが出来るなら。  俺の気持ちを信じて感じさせることが出来るなら。  いつか、信じさせることが出来るのか?  信じさせたい。  玲史が幻だという愛ってのを。  俺自身、まだよく知らないソレを。 「ああ。俺も信じてる」  微笑む玲史に微笑み返して、腰を上げた。

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