32 / 74

となりのナハトくん・7

「はあ、すっきりした! ありがとう千代晴ちん」 「てめぇ、ちゃんと手洗っただろうな」 「当たり前でしょ! 洗ってなかったら千代晴ちんに間接フェラさせちゃうよ」  さてと、とナハトがリビングに入って行き、ソファに腰を下ろす。 「おい、鍵がないってどうすんだ。ここに泊まる気か?」 「だってボク繊細だから野宿とかできないタイプだし、明日になれば鍵返してもらえるからさ。一晩お喋りくらいしてくれてもいいでしょ?」  言いながらナハトがソファの上でゴロ寝スタイルになり、「あーかいぃ」とパーカに手を入れて腹をかいた。 「だからってここに居座られても困るんだけど。ネカフェ行くとかすればいいだろ」 「イヤーン、面倒くさ~い!」  ヘルムートが不安げな顔で、小さくカットしたハンバーグを口に入れた。 「千代晴ちんてば、ボクがいたら恋人とイチャつけないから怒ってんの?」 「そんなんじゃねえよ。常識的に考えて……」 「常識なんてどうでもいいじゃん。困ってるかよわい男の子を一晩泊めれば、千代晴ちんの優しさポイントも上がるよ」  いちいち腹の立つ言い方をするナハトに、俺はあぐらをかいた膝を小刻みに指で叩きながら口を尖らせた。 「仕方ねえから泊めてやるけど、お前、変なヤクとかやってねえだろうな」 「千代晴」 「ん」  ヘルムートが俺の腕に触れ、ナハトに視線を向けながら呟く。 「このひと、地球人じゃないです。おれと同じ宇宙人です」 「はぁっ?」 「ナハト、聞いたことある名前だと思いました。色んな星で暮らしながら仕事してる便利屋さんです」 「便利屋……」  視線をナハトに向けると、「にゃは」というふざけた笑い声が返ってきた。 「さすがクーヘンの第三王子だね! その通りボクは宇宙の便利屋さん、ナハトだよ。依頼を受ければ船の修理から復讐代行まで何でもやるよ!」  宇宙人の便利屋。コイツが、ヘルムートと同じ宇宙人……。 「ボクはもうだいぶ前から地球で暮らしてるんだ。普通に地球人としての仕事もあるし、地球人の友達もいっぱいいるし。ていうか別にボクが珍しい訳じゃなくて、今の地球はボクみたいな異星人がいっぱい住んでるよ。地球の皆様が気付いてないってだけ」 「……便利屋が俺達に何の用だ」 「よくぞ聞いてくれたね! ボクの依頼人からのサプライズ、サプライズ!」  依頼人?   まさか、ヘルムートに結婚を申し込んでいるとかいう奴か。  ナハトがポケットから透明の四角い箱を取り出した。手のひらサイズのそれは大きめのダイスのようで、クリスタル特有の美しい輝きを放っている。 「あ、ビジョンですかっ?」  それを見たヘルムートが声をあげて身を乗り出した。 「ビジョン?」 「遠くのひとと顔見てお喋りできるクリスタルです! 映像付きで伝言残したりもできます!」 「ビデオ通話みたいなものか」 「その通り。クーヘンより愛を込めて、今回ボクに依頼してきたのは、……」  ナハトの手のひらで「ビジョン」が柔らかく発光する。それと同時に光の集合体が空中にスクリーンを創り出し、俺とヘルムートの前に綺麗な海の中の映像が広がった。 「クーヘンの海です……!」  綺麗な青緑色の透き通った海。炭酸水のような気泡があちこちに上り、魚や海藻がのんびりと優雅に踊っている。  これが、ヘルムートの星。プラネット・クーヘンのソーダの海……。  そんな美しい海の中、遠くの方から何かの影がこちらに近付いてきた。その巨体をゆったりとしならせて泳いでいる――不思議な水色をした、一頭のシロナガスクジラだ。 「お、……お……」 「デカいクジラだなぁ。クジラもこんな海で泳げたら気持ちいいだろうな」 「お父さんっ……!」 「ええぇ――ッ!」

ともだちにシェアしよう!