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赤ずきんの檻 7

 怖い  怖い  悪態をついてここから飛び出して行きたかったけれど、それをするにはあかの今までの経験が邪魔をした。  世の中には、怒らせてはいけない人間と言うのが、少なからずいる。  震えが、足に来た。 「いや、いい」  男が軽く手を上げると、運転手は一礼して外への扉から出て行った。  二人きりになり、更に煙の密度が増した気がしてあかは頭を振るが、臭いはそれでも付きまとってくる。  不愉快で、イライラして、熱が上がったのかもしれないと額に手を当てた。 「────端金だ」  彼らの使う金のどこからが端金なのかわからない。  到底それはあかが想像つくような金額ではなかっただろうが、それでも緩く首を振って答える。 「  いえ、  払います」  そう言う恩を、彼らのような家業の人間に押し付けられてどうなるか、よく知っているからだ。  何が、どう言ったことが彼らの付け入る隙になるか…… 「  借りた物は 借りた物です」  震え続ける手を握り締め、やはり小さく震えている足に力を込めた。立ち上がって、すぐにでもバイト先に泣きついて、金を工面してこなければいけない。  一日遅れて、返せなくなるなんてことがあっては、あの機嫌のよさが消えてしまうと、送り出してくれた母を思い出す。  珍しく、機嫌の良い母。  自分がなんとかしなければ……  ふぅー……と吐かれた煙に、悪寒がする。  落ち着くために吐いた息に熱が篭り、暑さに堪らずパーカーの前を少しだけ下ろした。ほんの僅かでも涼しくなったような気がして、先程よりは凪いだ心持ちで口を開いた。 「 すぐに  も  も、ろってき ま 」  呂律がうまく回らない……と思った瞬間、心臓の辺りを殴られたような衝撃が襲った。  は っと肺の中身が押し出されて呼吸が止まる。  こちらを見下ろす視線が、煙の向こうに見えた。 「 ひ、    す る、行き ぃま  」  かちん かちん と喋る度に歯が鳴る。  息がうまく、吸えない、体中が灼けそうに熱い、 「行く?」  男は酷く可笑しそうに笑みを浮かべた。  牡の顔に浮かんだ軽薄とも言える表情に、あかは反射的に逃げようとした。 「その体で、どこに?」  ひ ひ  と、息をしようと思ってもうまく吸い込めず、やたらと熱い空気ばかりが喉を灼く。  それでも逃げようと身を捩るも体は立ってはくれず、不格好に床を這いつくばった。磨き上げられた床に、ぽとりと雫が落ちる。 「ぁ、  あ?」  自分の汗だと思っていた。 「そんな顔で涎を垂らして」    言われて初めて、床を汚した雫が自分の唇の端から流れ落ちたものだと知り、あかは小さく首を振る。 「や、ら  らんか、オレ、  おか  」  身の内側を灼くような熱に耐えられずに赤いパーカーを掴んだ。 「あつ 」  「熱い」と譫言のように繰り返すあかの傍で、一際きつい煙草の香りが漂う。避けたくて顔を背けていたはずのソレに、すん  と鼻が鳴った。 「なん ぃ、い  にお  」 「オメガで間違いなさそうだな」  オメガ……と口の中で繰り返して、一瞬で意識がはっきりした。 「あ、オレ、知らない、  わからないです!」  あかは自分を冷たく見下ろす男から逃げるように、じりじりと後ろへと下がろうとするが、容赦ない無作法さで男はあかを跨いだ。  革靴に左右を挟まれて、上に逃げるしか道はないはずなのに、男の吐き出す煙が鼻を擽る度にずり上がる気力を奪っていく。

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