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赤ずきんの檻 落ち穂拾い的な

 アフターピルを届けてから数時間……いや、半日近く経った。  あまりにも連絡がこないので、運転手である直江は無粋かもとはらはらしながら電話をかけたりもしたが反応がなかった。  外観が質素なビルとは言え、ガラスは全て防弾にしてあるし、カメラもある。他にも侵入者を察知するあれやこれやが山のようにつけてあるので、どこか……それこそ大神が抱いていたΩが売られる予定だった大場組とかが入ってきたら、連絡が入る算段になっている。  それが全くないと言うことは、中で動けなくなっている可能性が強いと言うことだろう。 「なんせ12時間超えたしな。腹上死とかしてたらヤバいし。人命優先だし」  直江はそう自分を励まして事務所の扉を開け、後悔した。  昼間入った時よりも濃密な発情のフェロモン。  流石に耐えきれなくたって、α用抑制剤の入ったペン型注射器を取り出した。  注射は好きになれなかったが、緊急事態だった。ここでこの発情期の匂いに充てられれば、ただでは済まない。Ωに酷いことをしてしまうと言うよりは、Ωに手を出そうとした自分が大神に殺されることになると、よくよく理解していた。  注射器の先を太腿に当てながら、ハンカチで口元を押さえてそろそろと歩み寄る。  ぎ  ぎ  とソファーが痛む激しい音が聞こえてきて、思わず額に手を当てて唸った。 『絶倫ですね』  の言葉を否定した大神を罵ってやりたかったが、堪えてそちらへと近づいた。  膝の上のあかに後ろから覆いかぶさり、一心に腰を振っている姿は雄々しいが滑稽でもある。 「 ゃああああっ な ぁらんか、きちゃ ぅ」  甲高い声は叫びすぎて掠れていて、どれだけ攻め続けられたのか想像もできない。 「ぁぁぁあっ出て りゅ……ぁ、あ   」  焦点の定まらない目で虚空を見詰め、達した衝撃に呼吸を忘れているかのようだった。 「ふ ふふ、まるで牛の乳搾りだな」   もう言葉にならない言葉を呟くあかの股間を満足そうに大神の手が擦ると、それに合わせてわずかに粘度のあるような、白濁の液がピシャリと溢れた。  その光景を乳搾りと呼んだのかと思うと、自然と眉間にしわが寄る。  なに言ってんですかの言葉も飲み込んで、わざと足音を立てて近づいた。 「   う、し    ふ、らってオレはあかだもん……」  唾液でてらりと光る唇が歪む。 「  うしのあか、クレヨン のはしっこのあか、    あかちゃん生まれましたよって  言われたから、あか」 「俺は慧だ。普通だろう?」  舌足らずな「さとし?」と呼ぶ声に大神は上機嫌だった。  一際大きな足音を立ててやると、流石に大神の目がこちらを向いた。邪魔をされて苛立ったような肉食獣の目だ。 「すみません。でも、もう結構いい時間です」 「    そうか」  ひん  と小さく声を上げるあかを見下ろした後、向こうの部屋に行ってろと指示が飛んだ。  そう指示されれば応じないわけには行かず、直江は足早に隣の部屋に駆け込んでペン型注射器を持つ手に力を入れた。  ぶつん  と気色の悪い音がして、背中に鳥肌が立つ。  無理矢理本能を押さえつけられる感覚と、急速に落ちていく脈拍にめまいを感じてドアを背にへたり込んだ。 「まじ勘弁してくださいよー……」  背中の扉越しに聞こえる嬌声に、直江は頭を抱え込んだ。  それからどれだけ経ったのか、抑制剤の効果で朦朧としていたせいか時間の感覚が曖昧だったけれど、一際大きく上がった嬌声で意識がはっきりとした。  しん   と静まりかえった向こうの部屋に、ひやりとしたものを感じた直後、こちらに向かってくる足音に気がついた。  慌てて傍に落ちていたペン型の注射器を回収して、直江は立ち上がって体の埃を払う。 「   お疲れ様です」  こちらに入ってきた大神は、服装の乱れはあっても疲労を見せない。  直江はチラリと腕時計に目をやり、声を掛けてからの時間を見た。 「あの、何も聞こえませんが  生きてますよね?」 「殺してどうする」 「すみません」 「落としてきただけだ」  性交で相手の意識を飛ばすことが、可能なのかわからない直江は曖昧にわかったような顔をして見せる。 「どろどろだな」  乱暴にスーツやネクタイを脱ぎ捨てる大神の為に、急いでお湯で絞ったタオルを手渡す。  大神が乱暴に脱いだワイシャツの下から現れたそれと目が合い、思わず身が竦んで二枚目を用意する手が止まった。 「相変わらず怖いのか?」  そうは見えないが、機嫌の良い大神を見上げて首を縦に振る。  広い背をこちらに向けると、無数の目が直江を見詰めた。  一振りの剣と龍、そして複数の鬼。  緻密に彫り込まれたそれは肌と言う血を得てか、妙に生き生きとして見える。  刺青はそれ以上近寄りも、ましてや襲いかかりもしないはずなのに、警戒しながら二枚のタオルを絞って渡した。 「着替え取ってきます」 「あいつの着れそうな物はあるか?」 「    俺ので良ければすぐ用意できます。ただ」  言葉を選ぼうと空いた間に、大神が怪訝な顔を向けた。 「  買いに行ってきた方がいいんじゃないかと」  窺う表情に大神は察したのか頷く。  あかから違う男の匂いがすることに耐えられるのかと、暗に言われているのだと気がついた。 「適当なものを買ってこい」 「希望はありますか?和服とか、メイドとか、セーラーとか。水玉とかレースとか水色ストライプとか」 「寝言か?」 「勝手に選んでおきますね」  大神に睨まれて姿勢を正す。 「それで   彼はどうすんですか?」 「片はつけたんだろう?」  そう言って大神は煙草を咥えた。 「つけてますけど、あの子これから  」 「親に助けを求めなかった」 「は?」 「まだ何かあった時、親に助けを求めてもいい年齢だ。あいつはこんな家業の人間を前にしても親に助けてもらおうとしなかった」  見たままの、真っ当な職業でない人間と対峙して縋る相手のいない、寄る方のない姿を思い出して、大神は煙を吐き出す動きに紛れて溜め息を吐いた。 「それが全てだ」 「  素直に惚れてるから手放したくないって、言やいいと思いますけどね」 「     」 「噛んじゃえばいいじゃないですか」  煙草を外すと、自分の口元に手を置いて緩く振る。 「俺はアルファじゃない」 「    」 「噛んでも無意味だ」  呻くような言い方はただの言い訳だ。 「強いアルファ因子持ちなら……相性が良ければ番えるって聞きますけどね」  再び煙草を咥えた際に見える犬歯はβのそれよりも尖っていて、頸に噛みつく為に特化したαの特徴そのままだった。 「あいつが番いたい相手が現れるまで、保護する。それだけだ」  いつもなら格好いいと思うのだろうが、この台詞を吐いた大神は酷く女々しい感じがして。  直江は、それなら俺があのΩに近づいても睨まないで欲しいと心中でごちた。 END.  

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